2021/11/08
関東関西有名中学入試分析 【地域別 公立中高一貫校の特色とは?】
中学受験を目指して勉強を進めている方のなかには、公立の中高一貫校を志望校とされている方もいらっしゃるかと思います。また、受験勉強は進めていないけれども、公立中高一貫校に関心がある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
公立中高一貫校とは、都道府県や市などの地方自治体が設立し、運営をしている、公立の6年間一貫教育を行う中学校・高校および中等教育学校のことです。私立の中高一貫校と比べて学費が低額であること(義務教育である中学校教育期間は授業料や検定教科書は無償)も人気の大きな要因ですが、グローバル教育、理数教育、地域密着型教育など、学校それぞれの特色ある教育活動の充実も公立中高一貫校の人気に繋がっています。
多くの都道府県に設置されている公立中高一貫校ですが、都道府県によって公立中高一貫校の特色が異なってきます。今回は東京都を中心として、首都圏と関西圏、地方自治体ごとの公立中高一貫校の特色を述べていきたいと思います。
千葉、茨城、和歌山・・・公立トップ校にも併設
千葉県、茨城県、和歌山県の場合、各県の公立高校で入試最難関とされ、東京大学や京都大学への合格者も毎年数多く輩出している公立トップ校にも中学校が併設されています。千葉県では県立千葉高校(千葉市)、茨城県では水戸第一高校(水戸市)や土浦第一高校(土浦市)、和歌山県では県立桐蔭高校(和歌山市)、それぞれに併設の中学校が設置されています。いずれの高校も、高校入試も残しつつ、併設中学校の入学者は原則、高校入試を経ることなく、当該高校に進学することが可能です。
都道府県の公立トップ校とされる高校にも中学校を併設したケースは、全国の公立中高一貫校のなかでも極めて異例と言えます。公立の中高一貫校の設置が増えたのは1998年の教育基本法の改正を受けてですが、当初は公立中高一貫校のエリート校化や、それにともなう受験競争の激化・低年齢化や公教育の格差拡大を懸念する声が強く、各都道府県においても、公立トップ校への中学校設置や中等教育学校改編は見送られたり(トップ校以外の高校における設置や母体改編が多い)、設置された中高一貫校においても、学力を問う「入学試験」ではなく、あくまでも「適性検査」を実施したり、今は廃止されているところが多いですが、くじによる「抽選」で合格者人数を絞り込むことが入学者選考の過程で実施されてきました。
千葉高校、水戸第一高校、土浦第一高校、桐蔭高校はいずれも、明治時代から旧制中学校以来の歴史を有し、政治・経済・学術・文化・医療など、各界に卒業生を輩出してきた、各県を代表する名門公立高校です。その公立トップ高校の中学校併設は各県の教育や行政の事情、各校の卒業生や同窓会も影響しています。千葉県や和歌山県にはそれぞれ、東大や京大の合格者数において千葉高校や桐蔭高校からの合格者数を凌駕する私立中高一貫校が台頭し、その千葉県および茨城県においては、東京との交通アクセスの整備・速達化により、東京都内にある難関私立中高一貫校への進学者の増加があり、地元の俊才を地元で育て、地元愛・地域愛を持ったリーダーや研究者、医師を輩出したいという各県の意図があるものと思われます。
ちなみに、千葉県、茨城県、和歌山県とも、トップ校以外にも、公立高校併設の中学校や公立中等教育学校があります。茨城県と和歌山県の場合は、水戸第一、土浦第一、桐蔭以外にも、各地域の歴史のある公立高校を中心に中学校を設置して公立中高一貫校の数を増やしています。
埼玉、神奈川、滋賀・・・地域バランスを考えた学校設置
埼玉県、神奈川県、滋賀県の中高一貫校はいずれも公立トップ高校(前身)ではありませんが、地域バランスを考えての配置になっています。
各県とも県庁所在地(さいたま市、横浜市、大津市)やその近隣地域では私立中学受験生も多く、また公立トップ校(埼玉:県立浦和高校〔さいたま市〕、神奈川:横浜翠嵐高校〔横浜市神奈川区〕、湘南高校〔藤沢市〕、滋賀:膳所高校〔大津市〕)の存在感も強い各県ですが、埼玉、神奈川、滋賀の公立中高一貫校は私立中学受験生や公立トップ校志向層とは一線を画す、地域密着型の中高一貫校と言えるでしょう。
たとえば、埼玉県には埼玉県立の伊奈学園中学校(伊奈町・伊奈学園総合高校に併設)、さいたま市立の浦和中学校(さいたま市立浦和高校に併設)と大宮国際中等教育学校、川口市立の川口市立高校附属中学校、4校の公立中高一貫校が設置されましたが、さいたま市立の2校はさいたま市在住、川口市立高校附属中は川口市在住がそれぞれ受検要件となっています(伊奈学園中は埼玉県在住が受検要件)。
滋賀県の場合、公立中高一貫校は3校あり、いずれも滋賀県立の高校併設型の中学校で、滋賀県在住が受検要件となっていますが、守山市(守山中学校)、彦根市(河瀬中学校)、甲賀市(水口東中学校)と、それぞれ距離が離れたところにあるため、それぞれの中学校の近隣からの受検・進学が多くなっています。そのなかでも、人口の多い大津市や草津市にも近く、両市からの交通アクセスのよい守山中学校の人気や難易度が高めとなっています。
【資料1】 埼玉県、神奈川県、滋賀県の公立中高一貫校の所在地
埼玉県
さいたま市2校(旧浦和市 旧大宮市) 川口市 伊奈町
神奈川県
横浜市2校(鶴見区 港南区) 川崎市 相模原市 平塚市
滋賀県
守山市 彦根市 甲賀市
東京・・・伝統校、グローバル教育、区立校など多種多様
東京都内には現在、11の公立中高一貫校があります。高校からの入学者のいない中等教育学校が6校、高校併設の中学校が5校ありますが、今年2021年から2023年にかけて、5校の高校入試の募集を順次停止し、全校とも中学入試のみ完全中高一貫校となる予定です。千代田区立の九段中等教育学校を除く10校は、いずれも東京都立の学校です。
11校にはそれぞれ特色がありますが、そのうち4校は(前身校を含め)、かつてあった高校入試における学区内のトップ校(入試難易度や模試の合否判定偏差値が、それぞれの学区内の都立高校の中で最も高い学校)とされた学校です。
東京都の都立高校の学区制は2003年に廃止されましたが、旧学区トップ高校にも中高一貫校ができた背景としては、学区制廃止にともなう旧学区トップ同士の競争激化や序列化の懸念、中高一貫校個々の差別化戦略がありました。
【資料2】東京都の公立中高一貫校(※九段中等教育学校以外はすべて東京都立)
大泉高校・同附属中(練馬区)
☆白鷗高校・同附属中(台東区)
富士高校・同附属中(中野区)
☆両国高校・同附属中(墨田区)
桜修館中等教育学校(目黒区)
☆小石川中等教育学校(文京区)
千代田区立九段中等教育学校(千代田区)
東京都下(23区外)
☆武蔵高校・同附属中 (武蔵野市)
南多摩中等教育学校(八王子市)
立川国際中等教育学校(立川市)
三鷹中等教育学校(三鷹市)
☆印の高校(中等教育学校の前身校を含む)は
旧学区制時代に各学校のトップ校とされた学校
日比谷高校の「復活」と旧学区トップ校の中高一貫校化
東京には日比谷高校(千代田区)という都立高校があります。今年(2021年)、東京大学には(現役浪人合わせて)63名の公立高校最多の合格者を輩出している都立高校の最難関校です。明治時代の創設から大正、昭和の中期にかけて、日比谷高校(や前身の東京府立第一中学校)出身者の数多くが東大に進学し、各界のリーダーや著名人を輩出し続けてきたことから、同校は都内で入試最難関の高校(旧制中学)であり続けました。
昭和中期から平成前期にかけて、都立高校の入試制度の変遷のため、日比谷高校では大学進学面での低迷(東大合格者数の激減)と入試難易度の易化が起こりましたが、公立高校で最初となる学校独自の入試問題作成、学区制廃止による受験可能地域の拡大、都立高校随一ともいえる知名度やネームバリューもあり、日比谷高校は再び都立高校最難関となり、それにともない、東大合格者数も全国の公立高校で最多となりました。
日比谷高校以外にも都立西高校(杉並区)や都立国立〔くにたち〕高校(国立市)なども、入試難易度の高い都立高校となっています。西高校、国立高校とも自由度の高い校風で、制服がない私服が認められている高校です。それもあってか、歴史的にも東大志向の強い生徒の多い日比谷高校と比べ、西高校、国立高校も、ともに京都大学の合格者も多く、地元の東大合格者数よりも京大合格者数のほうが多い年もあったりします。日比谷高校(旧1学区)、西高校(旧3学区)、国立高校(旧10学区)はともに、旧学区トップ校でした。
学区制廃止にともなう日比谷高校の「復活」や西高校、国立高校の「躍進」は同時に、他の旧学区トップ校にも大きな影響を与えました。
両国高校(墨田区)は旧6学区のトップ校で、芥川龍之介や堀辰雄なども輩出した下町の名門校です。小石川中等教育学校の前身、小石川高校は旧4学区のトップ校で、東大本郷キャンパスもある、名実ともに都内随一の文教地域である文京区にあります。両国高校も小石川高校もともに、昭和30年代後半までは、日比谷高校や西高校と並び、全国屈指の東大合格者数を誇りました。学区制のある時期は旧1学区の日比谷高校との「棲み分け」が可能でしたが、学区制廃止により、地下鉄による都心部への交通アクセスが良好な旧4学区や旧6学区在住の優秀な中学生の多くが、日比谷高校を受験する流れができました。
都立武蔵高校(武蔵野市)は旧9学区のトップ校ですが、1940年に高等女学校として創設されました。今までに述べてきたトップ校(日比谷、西、国立、両国、小石川)はいずれも、明治から昭和(戦前期)にかけて、旧制の中学校(当時の中学校は男子校。女子の中等教育機関は高等女学校)として創設されました。旧男子校系のトップ高校が戦後、昭和30年代まで高い大学進学実績を誇ったのに対し、都立武蔵高校は1982年の新学区制度以降、学区トップ校としての評価を高めてきました。学区制廃止により、旧9学区の地域からの日比谷高校への交通アクセスは良くない一方で、隣接していた旧3学区のトップ校である西高校や旧10学区のトップ校である国立高校に、優秀な中学生が流れる傾向となりました。
両国と小石川は2006年、都立武蔵は2008年に中高一貫校化を開始しました。小石川のある文京区は都心部であり、都内各地からの交通アクセスが良好なことや、他の特別区と比べても文京区やその近接の特別区が在住する小学生の中学受験率が高いことも、文京区やその近隣に都立や国立(大学附属)の進学校である高校が多いこともあり、小石川高校は高校募集をしない中等教育学校に移行しました。両国高校や都立武蔵高校は近隣にある都立や国立の進学校の絶対数の少なさや地域の高校入試のニーズもあり、高校受験を残しましたが、上記の通り、高校入試を廃止することとなります。推察にはなりますが、中学校併設により高校入試の定員枠が大きく減り、中学入試の高倍率に対して、年によっては高校入試の定員割れ(二次募集)が生じたり、中高一貫生と高校入学生との(とくに数学での)学力差の解消が難しいことなどが要因だと思われます。
都内公立中高一貫校の特色とは?
東京都内の公立中高一貫校ですが、学校数が多いこともあり、学校ごとの特色や個性が目立つ学校も少なくありません。具体的には、小石川中等教育学校は理数教育(スーパーサイエンスハイスクール指定校)、立川国際中等教育学校(立川市)は英語を含め国際社会教育、白鷗高校・同附属中(台東区)は日本の伝統芸能に関する教育(将棋、囲碁、歌舞伎、三味線、長唄など、日本の伝統芸能や伝統文化の継承者対象の別枠入試有)などが挙げられます。立川国際中等教育学校については、来年(2022年)から附属の小学校を併設し、東京都内の公立中高一貫校では唯一、小学生からの9年一貫教育も実施する予定です(中等教育学校1年生の募集も継続)。一方両国高校・同附属中は、前身の旧制東京府立第三中学校(男子校)から受け継がれてきた質実剛健な校風の維持・発展や従来の「予備校不要」の学習体制や校内での大学受験指導の充実を学校の「特色」としています。
また、11校中10校が都立校ですが、九段中等教育学校は千代田区立の中高一貫校です。他の都立中高一貫校は東京都内在住が出願要件となりますが、九段中等教育学校の場合は東京都内在住者の募集枠(80名)とは別に、千代田区内在住者の募集枠(80名)が設けられており、例年、千代田区内在住者募集枠のほうが緩やか入試倍率となっています。
九段独自の教育プログラムとしては、官公庁や企業本社、大学、外国大使館など、千代田区内にある機関や組織の協力を受けつつ進める「九段自立プラン」というキャリア教育が挙げられます。
<文/開成教育グループ フリーステップ修学院教室チーフ 住本正之>