2021/04/19

古典入門 百人一首カルタ【第7回】

新学期が始まり、早い学校ではそろそろ最初の定期テストが近づいてきた頃でしょうか。新しい環境にはもう慣れましたか?学年が上がり、勉強も少し難しくなっていることと思います。大変かとは思いますが、無理をしすぎないように、計画的に学習を進めていってくださいね。

さて、今回取り上げる歌は、和歌らしく掛詞が使われた恋の駆け引きの歌です。言葉遊びで誘いを躱す、平安貴族らしいやりとりを切り取ったこの歌が私は大好きで、読むたびに楽しい気持ちになります。皆さんも平安時代を生きる貴族になった気持ちで、楽しく鑑賞していきましょう。

Image.jpeg

「春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなくたたむ 名こそ惜しけれ」

(現代語訳)
春の夜は短いが、その短い間に見る夢ほどに儚い、ほんの戯れに交わした手枕のせいでつまらない噂が立ってしまっては、とても口惜しいことではないか。

文法と語彙

文法

・「ばかり」は程度を表す副助詞です。この場合は夢の長さを限定し、春の夜の長さの程度について表しています。

・「なる」は断定の助動詞「なり」の連体形です。

・「かひなく」は「かいな」と「かひなし」の両方の意味を含む掛詞になっています。それぞれの意味については後の項で解説します。

・「こそ」は強意の意味の係助詞です。後の「惜しけれ」に係り、係り結びの変化を起こしています。

・「惜しけれ」は形容詞「惜し」のシク活用です。

語彙

・「春の夜の夢」は、言葉の通り春の夜に見る夢のことで、はかないものや実現しそうにないものの例として用いられる言葉です。

・「手枕」とは、「たまくら」と読み、腕枕のことを指します。自分で自分の腕を枕にする場合にもこの表現が用いられる場合がありますが、今回の場合は、相手の手を枕にして共に眠るという意味で用いられています。

・「かひなく」が、「かいな」と「かひなし」の意味の掛詞であることは先述のとおりです。「かいな」とは漢字で「腕」と書き、手枕と関連してそのまま腕の意味を指します。「かひなし」は漢字にすれば「甲斐なし」となり、つまらない、無駄な、取るに足らない、などの意味を表す単語です。

・「名」とは浮き名のことで、噂話や世間での評判のことを指します。

歌の背景と鑑賞

では、鑑賞に入っていきましょう。

この歌の作者は周防内侍(すおうのないし)です。周防守(すおうのかみ)と呼ばれる、今の山口県のあたりを治めていた国司を父に持ち、内侍という官職の女官として働いていたため、周防内侍と呼ばれています。

平安時代の女性は、女房はもちろんのこと天皇の妃となった人でも、名前が記録に残っている人はほとんど存在しません。かの有名な紫式部でさえも、式部大丞(しきぶたいじょう)という役職についていた父を持ち、「紫の上」の出てくる源氏物語を書いた人、という意味の呼び名にすぎません。これについては、当時の女性は夫や恋人などのごく近しい人にしか自身の本名を明かしていなかったためであると言われています。

周防内侍もまたこうした呼び名の一つであり、内侍の名のとおり、後三条天皇や白河天皇の頃に後宮に仕えていました。

この歌は、文法の項でも触れたとおり、掛詞や係り結びなどの和歌らしい技巧の凝らされた歌です。それだけでも作者の頭の良さが伝わるようですが、この歌にはそれをさらに強調するような面白いエピソードが伝えられています。

2月の頃のある夜、二条にある周防内侍の主人の屋敷に人が集まり夜通し語らっていた時のことです。夜も更けくだけた雰囲気になってきた頃、眠くなった周防内侍が「枕がほしいわ」と呟いたところ、その場に居合わせていた藤原忠家という大納言の男が「これを枕に使ってください」と御簾の下から腕を差し出してきたのです。

腕を枕にする、というのは今で考えてもわかるとおり、恋人同士のすることですよね。その当時ももちろん、腕枕などしていたという話が広まれば二人の関係は恋人として広まってしまいます。とはいえ、この忠家のお誘いも本気だったわけではないでしょう。場所は周囲に大勢人がいて、わいわいと盛り上がっている宴会場です。ジョークのようなものだったのでしょう。

その場面で周防内侍が呼んだとされるのがこの歌です。「春の夢」「手枕」と色っぽい単語を用いながら掛詞で言葉遊びをしつつ、うまく相手を誘いを躱す。茶目っ気のある雰囲気ではありながらも、末尾に係り結びを用いることで語気を強めしっかりと釘をさすやり方は、お手本にしたいくらいに素敵なお断りの文句ではありませんか。

いかがでしたか。

今回の歌は技巧的でありながらもユニークで、平安貴族たちがいかにして歌のやりとりを楽しんでいたのかがよくわかる歌でした。恋のやりとりに歌や詩を用いるのは古くからさまざまな国で行われていた駆け引きの一つでしたが、今の日本ではすっかりなくなってしまった文化でもあります。

歌や詩ほどロマンチックでなくとも、言葉で愛や感謝を伝えるというのは大切なことですよね。新たな年度の始まり、いつも支えてくれる家族や大切な人に改めて、言葉にして気持ちを伝えてみるのもいいかもしれません。

<文/開成教育グループ 個別指導部 フリステウォーカー講師編集部:浅田 朋香>