2021/07/19

古典入門 百人一首カルタ【第10回】

夏も深まり、暑い日が続いていますね。思うように出かけることもやや はばか られる今日この頃、みなさんは楽しい夏休みを過ごせているでしょうか。このご時世、家で楽しめる夏の風物詩や近場でできる夏ならではの遊びというのも、かえって新鮮に感じられるかもしれませんね。近年は春や秋が短くなったように感じられ、夏と冬だけを繰り返しているような感覚に陥ってしまうことから夏を いと う人も多いですが、夏は夏で楽しみが多くあるものです。

少し話は変わりますが、とある有名な古典文学作品の中に、四季をあしらった四つの御殿からなる屋敷が登場するのをご存知でしょうか。そう、かの有名な『源氏物語』の後半、多くの妻を抱えた光源氏が妻たちを まと めて住まわせていた屋敷です。さて、どうしてこんな話をするのかというと、今回取り上げる歌が『源氏物語』の作者、紫式部の歌だからです。

名前と著作だけは広く知られているものの、百人一首に歌が収められていることや著作の内容まできちんと知っている人は案外少ないのではないでしょうか。今回は、そんな紫式部の歌について鑑賞していきます。

Image.jpeg

「めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かな」

(現代語訳)

久しぶりに再会して、幼馴染のあなたであるかどうかもはっきりと分からないうちに、空に浮かぶ雲に隠れてしまった夜更けの月のように、あなたは早々と帰ってしまったのだなあ。

文法と語彙

文法

・「めぐり逢ひて」の「て」は単純接続の接続助詞です。訳し方もそのまま、「〜して」と訳します。

・「見しや」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形です。「し」の後ろに「人」などの体言が省略されているため、連体形に変化しています。また、「き」は連用形接続の助動詞であるため、直前の「見」は連用形になっています。

・「見しや」の「や」は疑問の意味の係助詞です。「や」は後ろが連体形になる係り結びを導く係助詞ですが、この場合は「や」の後ろに「あらむ」などの動詞が省略されており「結びの省略」と呼ばれる形になっています。

・「それとも」の「それ」は二つの意味を含む代名詞として用いられています。具体的な意味については後述します。

・「わかぬ間に」の「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形です。「ず」は未然形接続の助動詞であるため、直前の「わく」は未然形に変化しています。

・「雲隠れにし」の「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形です。「ぬ」は連用形接続の助動詞のため、直前の「雲隠る」は連用形に変化しています。

・「雲隠れにし」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形です。「き」も連体形接続の助動詞であるため、直前の「ぬ」は連用形に変化しています。

・「かな」は詠嘆の意味の終助詞です。文末に用いられて「〜だなあ」「〜ことよ」などと訳されます。

語彙

・「めぐり逢ふ」は「再会する」「再び出会う」という意味になります。「めぐる」には、ぐるりと回るというような意味があり、現代語とは少しニュアンスが違って「再会」の意で用いられています。

・「それ」は現代語と同じ代名詞ですが、この歌の中では二つの意味で用いられています。一つにはめぐり逢った相手、すなわち紫式部の幼馴染を指しています。そしてもう一つには雲に隠れてしまった月を指しています。

・「わかぬ」は「分かる」という意味の動詞「わく」の未然形に打ち消しの助動詞が接続した形で、「分からない」という意味になります。

・「夜半」とは「夜中」「夜更け」と言った意味を持ちます。現代でも時折使われているのではないでしょうか。

歌の背景と鑑賞

それでは、鑑賞に入っていきましょう。

この歌の作者は、冒頭で言及した通り紫式部です。平安中〜後期に女房(皇族の世話をしたり話し相手を務める女性の役職)として宮中に勤める傍ら活躍した女流作家で、『源氏物語』の作者として有名です。以前の記事でも紹介しましたが、この紫式部というのは彼女の本名ではありません。紫式部とは、式部省という役所に勤める父を持ち、「紫の上」が登場する『源氏物語』を書いた人、という意味の記号的な呼び名に過ぎません。当時はごく親しい人しか本名で呼ぶことはなく、それゆえ政治の表舞台で名を用いた男性と違い、女性たちの名は記録されることも残されることもありませんでした。とはいえ、ごく稀に名前が残されている女性もおり、そのうちの一人が紫式部が仕えていた相手である中宮、彰子という女性です。彰子は藤原道長の娘であり、中宮として天皇の寵愛を受けていました。紫式部は彼女やその父である藤原道長のために『源氏物語』を執筆していたとも言われます。今とは違い娯楽の少ない当時、物語を読むことも高貴な人々のみに許された貴重な娯楽の一つだったのです。

そんな時代をときめく人気女流作家であった紫式部が詠んだとされる歌は現代にも多く残されていますが、その中でも特に有名なのが、百人一首に収録されたこの歌です。雲の多い夜、顔を出したと思えばすぐに姿を隠してしまう月に例えて、来たと思ったらすぐに帰ってしまった相手にその寂しさを伝える。技巧的で美しい表現を用いながら、自分の気持ちを素直に込めたこの歌には、贈られた相手にとってほんの少しの罪悪感と名残惜しさを感じさせるような、ちょっとした意地の悪さがあるようにも思えます。この歌が贈られた相手は紫式部の幼馴染であると言われているため、仲の良さゆえのちょっとした悪戯心で作られた歌なのかもしれません。文末を「かな」と詠嘆で締めている点も、そう考えればちょっとしたお茶目な表現に思えますね。

いかがでしたか。今回は紫式部の歌、しかも百首中一つしかない「め」から始まる歌ということで、歌そのものは知っていた人も多かったかもしれません。しかし、歌の内容までしっかり把握していた人は少ないのではないでしょうか。授業などで百人一首を覚えなければならず困った時には、このように歌の内容から覚えてみるのも一つの手ではないかと思います。一つ一つの歌には深い背景があり、それぞれに面白い物語が眠っています。歌を単に音として暗記するだけでは得られない、思わぬ発見や感動があるかもしれませんよ。

また、今回の歌は助動詞や係助詞など、重要な文法事項が多く含まれています。文法を覚える際にもぜひ活用してみてくださいね。

<文/開成教育グループ 個別指導部 フリステウォーカー講師編集部:浅田 朋香>