2021/08/23

古典入門 百人一首カルタ【第11回】

まだまだ暑い日々が続いていますね。一年越しのオリンピック、皆さんも楽しめましたか?

スポーツへの興味が薄い私でも、やはりオリンピックとなると気になって、さまざまな競技をテレビで観戦しました。今回初めて知った競技もあり、スポーツの世界も奥深いものだなぁとついつい見入ってしまいました。

勝った人がいれば、その裏には負けて悔しくもどかしい想いを味わっている人もいるのが勝負の世界です。今回紹介する歌も、フィールドは違えどある意味そうした勝負の世界である恋愛において、抱えているもどかしい想いを詠んだ歌です。歌の内容はもちろん、助詞や副詞がてんこ盛りの、文法の面でも面白い歌ですので、楽しく鑑賞していきましょう。

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「かくとだに えやは伊吹の さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを」

(現代語訳)

せめて、私がこんなにもあなたを恋慕っているのだ、ということだけでも伝えたいのですがそんなことはできやしない。伊吹山のさしも草が燃える火のように燃え上がっているこの私の想いも、あなたはそうとは知らないのだろうなぁ。

文法と語彙

文法

・「かく」は、「こう」「このように」などと訳す、指示語の役割をもつ副詞です。

・「だに」は、「せめて」「〜だけ」と訳します。最小限の願望を表す副助詞です。

・「え」は、不可能の意味を表す副詞です。後ろに打消の表現を伴い、「〜できない」と訳します。呼応の副詞と呼ばれる副詞の一つです。

・「やは」は、それぞれで「や」「は」という係助詞ですが、「やは」と二語繋げることで反語の意味をもちます。

・「伊吹」は、掛詞になっています。語彙の欄で詳しく解説する「伊吹山」という地名を表す「伊吹」の意味と、「いぶき」の中に「いふ」という動詞の意味が含まれています。

・「さしも知らじな」の「さ」は、「そう」「そのように」などと訳す、指示語の役割をもつ副詞です。

・「し」「も」は、共に強意の意味をもちます。「し」は副助詞、「も」は係助詞です。

・「じ」は、打消推量の助動詞「じ」の終止形です。「じ」は未然形接続のため、直前の動詞が未然形に変化しています。

・「な」は詠嘆の意味の終助詞です。終助詞が用いられているため、この句はここで一度句切れとなっています。

・「燃ゆる思ひ」の「思ひ」は、抱えている燃える感情を表す「想い」の意味と燃えている「火」の意味をもつ掛詞になっています。

・「燃ゆる思ひを」の部分は、本来の語順であれば「さしも知らじな」の前に来るのですが、

この歌では倒置法が用いられているため後ろに来ています。倒置法を用いることで「さしも草さしも知らじな」とさしもを繰り返す音のリズム感が生まれ、また詠嘆表現をさらに強調する効果があります。

語彙

・「伊吹」とは、伊吹山のことです。伊吹山とは近江国(今でいう滋賀県)にある山の名前です。

・「さしも草」とは、お灸を据える時に用いる艾(もぐさ)のことです。艾というのはヨモギのことであり、こちらの方が一般的に知られているかもしれません。歌の中で艾が「燃ゆる」という表現がされていますが、これは上記のように艾がお灸を据えるのに用いられる草であるからです。お灸というのは、皮膚の上においた艾を燃やす健康法です。これは今でも行われていますので、興味があれば体験してみてください。

歌の背景と鑑賞

それでは、鑑賞に入っていきましょう。

この歌の作者は藤原実方朝臣(ふじわらのさねかたあそん)です。実方は一条天皇の時代に宮廷に勤めていた貴族で、稀代のモテ男であったと言われています。かの有名な清少納言とも恋仲であったと言われ、その他にもさまざまな女性と関係があったと伝えられています。

そして、この歌はそんな実方がとある女性に初めて想いを打ち明けるときに詠んで贈った歌です。相手の女性が誰であるかは定かではありませんが、非常にモテたという実方にここまで情熱的で強い想いを打ち明けられた女性はきっと喜んだことでしょう。

以前の記事でも何度か書いていますが、平安時代の恋愛においては、恋の始まりには相手の顔もはっきりとは知らないことがほとんどでした。家柄や噂でしか知らない相手と恋仲になるまでには歌を贈り合うのが通例で、そのため「歌が上手い」ということは想い人にアプローチする上で非常に大切なことでした。モテるということはすなわち歌が上手いということとイコールと言っても過言ではなかったのです。

それを踏まえてこの実方の歌を見てみると、技巧に富んだ美しい歌であることがよくわかります。「伊吹」と「いふ」の掛詞を用いて短い部分に比喩と感情の表現を盛り込み、「伊吹のさしも草」を「さしも知らじな」を導くための序詞として用いるなどして、うつくしい言葉の響きが連ねられています。重要文法や和歌の技法を駆使しているだけではなく、口に出して読み上げたときにとても耳触りのいい響きをしている点も、この和歌が上手いと感じるポイントの一つです。読み込まれた感情も、倒置法を用いた上で「燃えるほどの想い」というロマンチックな表現で描かれ、こうした部分からも実方のモテた理由を察することができます。

いかがでしたでしょうか。

今回の歌は読めば読むほど面白さがわかる歌です。たくさんの技法や文法が用いられていて、短い歌の中に驚くほどたくさんの仕掛けが隠されています。歌の内容の素晴らしさはもちろんのこと、文法もじっくり味わわねば勿体無い歌ですので、改めて重要なポイントを抑えながら鑑賞してみてください。

今しばらく暑い日々が続くと思われます。恋に身を焦がすことはあっても、太陽の光で身を焼かれないように、熱中症には気をつけて過ごしてくださいね。

<文/開成教育グループ 個別指導部 フリステウォーカー講師編集部:浅田 朋香>