2021/09/27

古典入門 百人一首カルタ【第12回】

9月も終わりに近づき、季節はすっかり秋になりましたね。今年の夏も暑かったり雨が多かったり、過ごしやすいとは言い難い気候でしたが、ようやく暑さも落ち着いてくる頃です。涼しくなって、夜の寝苦しさも薄れてきました。秋になると日が暮れてからの時間が長くなるので、夜寝やすいに越したことはないものです。

今回取り上げる歌は、そんな長い秋の夜のもの悲しさ、寂しさを、叶わぬ恋の切なさに重ねて詠んだ歌です。かなり有名な歌なので、聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。音の響きが耳に残りやすいため、意味もわからず音だけ覚えてしまいがちな歌ですが、今回は歌の意味や、そこに読み込まれた秋という季節のもつ空気感まで味わっていきましょう。

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「あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の 長々し夜を ひとりかも寝む」

(現代語訳)

山鳥の尾であって、垂れ下がった尾のように長い長い秋の夜を、私はあなたに逢うことも出来ずに一人で寂しく眠って過ごすのだろうか。

文法と語彙

文法

・「あしびきの」は、山にかかる枕詞です。枕詞とは、特定の言葉の前に置いて全体の語調を整えたりする、和歌特有の修辞技法です。そのため、ほとんどの場合現代語訳には訳出されません。

・「山鳥の尾のしだり尾の」の部分には、「の」が三度用いられています。一個目の「の」は連体修飾格の格助詞で、「〜の」と訳します。二個目の「の」は同格の格助詞で、「〜で、〜であって」と訳します。三個目の「の」は連用修飾格の格助詞で、「〜のような」と訳します。格助詞「の」の意味は多くあり、識別を問われる場面が多いため、接続や文脈で判別できるようにしておきましょう。

・「かも」は、疑問の係助詞「か」と強意の係助詞「も」が繋がった形です。「か」は後ろの「寝む」に係り結びを起こしています。

・「寝む」の「む」は推量の助動詞「む」の連体形です。前にある係助詞「か」の係り結びが起きているため、終止形ではなく連体形での結びになっています。

語彙

・「山鳥」は、キジ科の鳥で、日本固有種です。尾がとても長い鳥です。

・「しだり尾」とは、長く垂れた尾のことです。しだれ桜などというように、地面に向かって垂れた様子を「しだり」「しだれ」などと呼びます。

・「長々し」は、形容詞の「長し」を重ねて意味を強調した表現で、「非常に長い」という意味になります。

歌の背景と鑑賞

それでは、鑑賞に入っていきましょう。

この歌の作者は柿本人麻呂です。飛鳥時代に活躍した歌人で、「歌聖」と呼ばれ歌の名人として有名な人物です。万葉集に著作が多く収められており、万葉集の代表的歌人と言われています。しかし、古い時代の人であることもあり、その経歴については明らかになっていない部分も多いようです。

「あしびきの」の歌は、上の句で「の」が何度も繰り返されるリズムの楽しい歌です。ゆえに、音の響きの面白さからこの歌を覚えていた人も多いのではないでしょうか。実際、この上の句はすべて「長々し」を導き出す序詞としての役割も担っており、歌の言葉の調子を整える効果を持っています。しかし、その口当たりのいい響きを味わうだけで終わってしまっては、鑑賞としては不十分です。この歌の醍醐味は、その歌の意味に含まれた秋らしく切ない風情だと言えるでしょう。

"秋の夜長"という言葉がありますが、その言葉が示す通り秋は昼が短く、夜が長くなる季節です。それはつまり、日の出ている時間が短くなるということであり、現代と違って電気なんてものがなかった当時は、真っ暗な夜の時間を長く過ごさねばならなかったということです。

多くの古典作品が生み出された平安時代においては、夜というのは恋人同士の逢瀬の時間でした。そのため、恋人のいる人々にとっては、夜が長くなる秋というのはある意味で幸せな季節でもありました。しかし、恋人のいない、あるいはそう簡単には会えない人々にとって、枯れ葉の舞う寂しい季節、長い長い夜をたった一人で過ごす時間は、なんとも言えない物悲しさを孕んだものであったでしょう。

夜になっても街灯やネオン、室内灯が煌々と輝く現代においても、5時や6時で日が落ちてしまう時季はなんとなく寂しさを感じてしまうものです。明かりのない時代であればなお、もの寂しく感じられたことでしょう。そうした秋の夜の寂しさ、悲しさを感じられることこそが、この歌の味わい深さだと言えるでしょう。

いかがでしたか。

音だけを聞けば、とてもそんなに深い味わいの隠れされた歌であるようには思えないかもしれませんが、きちんと内容を噛み砕いて読み解けばその趣が伝わってくる、比較的読みやすくて面白い歌です。この機会に、音だけを知っている他の和歌についても、内容を改めて調べてみてください。思ってもみなかった深い意味や、作者の素敵な感性に出会えるかもしれません。

<文/開成教育グループ 個別指導統括部 フリステウォーカー講師編集部:浅田 朋香>