2020/09/14

古典入門 百人一首カルタ【第1回】

百人一首って難しい。古文ってなんだかよくわからない。そんなふうに思っていませんか?

私は古典文学が大好きです。言葉使いが美しくて、奥深くて、人間臭くて、心が躍る物語がある。そんな古典文学の魅力の一端を、百人一首を通じてみなさんにお伝えします。

今回紹介するのは、かの有名な「秋の田の〜」の歌です。

みなさんの中にはこの歌だけは知っている、あるいはこの歌を最初に覚えた、という人も多いのではないかと思います。いったいなぜそんなに有名なのでしょうか。

その答えの一端は歌番号にあります。百人一首に収められたそれぞれの歌は作られた年代ごとに並べられ、その順番に番号が振り当てられています。「秋の田の〜」はその一番初めに並べられた歌であり、ほとんどの百人一首辞典や百人一首を取り上げた書籍で、一番冒頭に紹介されているのです。それゆえ、この歌は一般的に広く知られた歌となっているのです。

第一番の歌、そしてその季語は奇しくもこの記事が更新された今と同じ秋。今回取り上げるにあたってこんなにもふさわしい歌はないでしょう。田んぼ一面に金色に輝き揺れる稲穂は、美しい日本の秋を代表する情景です。そんな情緒も楽しみながら、ここからは歌について詳しく見ていきましょう。

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「秋の田の 仮庵(かりほ)の庵(いほ)の 苫(とま)をあらみ わが衣手(ころもで)は 露に濡れつつ」

【現代語訳】

秋の田んぼのそばに建つ仮小屋の、屋根を葺いている苫の編みが粗いので、私の衣の袖はしきりに雨に濡れている

文法と語彙

文法

・〈〜を...み〉の形は、和歌の中でよく用いられる表現です。「瀬を早み」などが同じ表現で、〈〜が...なので〉という意味になります。この場合の「を」は間投助詞、「み」は接尾語ですが、接続詞のような働きをしています。間投助詞とは、文中や文末の文節に付属して、感動や強調の意味を添える語のことです。

・「つつ」は継続の意味の接続助詞です。今回のように和歌の末尾に用いられるのは「つつ止め」と呼ばれる技法で、〈しきりに〜している〉という意味になります。

語彙

・仮庵(かりほ)は「かりいお」が詰まった音で、稲の刈り入れ期に臨時に建てられる農作業のための小屋のことを指しています。夜にはその小屋に泊まり込んで田んぼが獣に荒らされないよう見張りをしたりしました。

・庵(いほ)は仮庵と並べて用いることで歌の調子を整える役割があります。意味は仮庵と同じで、ただ音にして詠んだ時に美しく聞こえるために挿入されています。

・苫(とま)とは、菅(すげ)や茅(かや)などの植物で編んだもので、小舟を作ったり屋根を葺いたりするのに使われました。白川郷などの茅葺の建物の屋根をもっと薄く粗くしたものを想像してもらえれば分かりやすいと思います。

・衣手(ころもで)とは着物の袖のことです。これは主に和歌の中で用いられる表現であり、歌語(かご)と言われる語の一つです。

歌の意味と背景

堅苦しい古典文法のお話はここまでにして、ここからは和歌を楽しみ古典を楽しむための背景について見ていきましょう。

この和歌の作者は天智天皇。即位前には中大兄皇子と呼ばれ、かの有名な大化の改新を行った人物です。元は後撰集に収録されていたこの歌を、小倉百人一首の撰者である藤原定家が撰出しました。

さて、天智天皇の時代、すなわち奈良時代に詠まれたこの歌。いくら1000年以上昔のこととはいえ、この歌は天皇が詠んだにしては描写されている状況がおかしいと思いませんか?農作業のために建てられた雨漏りするほど編み目の粗いみすぼらしい小屋で、袖が雨に濡れるだなんて、仮にも天皇がそんな状況になることなんてありえるとは思えません。

この歌は元は詠み人知らず、すなわち名もない誰かの詠んだ歌だと言われています。しかし、古くは紙は貴重品、歌の伝承も口頭が主でした。天智天皇は天皇家の祖とも言われる人物で、庶民の気持ちもよく汲み上げる名君であったというようなイメージがあったのでしょう。いつしかこの歌は天智天皇作と伝えられるようになりました。

農作業を終え、獣から田んぼを守るための稲の番のために夜通し泊まった小屋の屋根からしとしとと落ちてくる雨粒、少しずつじっとりと雨を含んで重くなっていく服の袖。どこか陰鬱な小屋の雰囲気と、もうすぐやってくる秋の豊穣へのかすかな期待感、静かな秋夜の透き通った空気をありありと想像させる美しい歌です。名もない農民が作った歌だったとしても、本当に天智天皇が農民の気持ちになって詠んだ歌だったとしても、その美しさに変わりはありません。

小さな小屋で一人寝る夜、静かな中に雨の音と稲穂の揺れる音だけが響く。ぽつ、ぽつ、と水滴が落ちては袖口が濡れていく。想像してみてください。その中であなたは何を思いますか。

いかがでしたでしょうか。古文、中でも和歌は三十一文字という少ない文字数の中で様々な情景の広がる味わい深いものです。時代背景や人物の背景などを知ることでその世界はさらに広がります。

もちろん、文法を学び語彙を知ることなしに古文を読むことはできません。古文を楽しむには古文の勉強は必須です。でも、古文を読む楽しさを知っていれば、古文を学ぶことも少しは苦ではなくなるのではないでしょうか。この記事が、少しでもみなさんの古文学習の手助けになっていれば幸いです。

<文/開成教育グループ 個別指導部フリステウォーカー講師編集部:浅田朋香>