2020/11/23

古典入門 百人一首カルタ【第3回】

肌を撫でる風が冷たく、日々秋から冬へと季節が移り変わっていますね。美しく紅葉した木々もそろそろ木の葉を落としきってしまう頃でしょうか。

京都でこの記事を書いている私の目には、ちょうど紅葉した山々が映っています。京都で楽しむ紅葉の季節はその歴史ある街の風情や道ゆく和装の人々とも相まって、なんともいえず趣深いものです。高台寺や清水寺などの名所と言われるスポットはもちろんのこと、ただ静かな寺院を訪れるだけでも十分にその魅力を感じられます。機会があればぜひ、訪れてみてください。

さて、今回はそんな紅葉の季節にちなんで、もみじを詠んだ一首をご紹介します。秋の山々の彩りとそれが枯れゆき冬が近づくもの寂しさを感じながら鑑賞してみましょう。

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「奥山に もみぢ踏みわけ 鳴く鹿の 声聞く時ぞ 秋は悲しき」

(現代語訳)

都から離れた山の奥深くで散って降り積もった紅葉を踏みわけながら雌鹿を想って鳴いている鹿の声を聞くときにこそは、いっそう秋が悲しいものだと感じられる。

文法と語彙

文法

・「ぞ〜悲しき」の部分は係り結びの法則が用いられています。「ぞ」は強意の意味の係助詞で、文末の「悲しき」の部分に係っています。「悲しき」は形容詞「悲し」の連体形です。「ぞ」は文末を連体形に変化させる係助詞です。

・「秋は悲しき」の「は」は係助詞で、他と区別して取り立てる意味で使われています。すなわち、他の季節と区別して「秋は」悲しい、という意味で使われています。

語彙

・「奥山」とは人里、ひいては都から遠く離れた深い山の奥のことをいいます。

・「踏みわけ」は紅葉が一面に積もったところを踏みわけていく様子ですが、これは詠み人の様子なのか鹿の様子なのかという点に議論があります。一般的には鹿が紅葉を踏みわけて行くさまを表しているとされています。

歌の背景と鑑賞

それでは、歌の背景について鑑賞していきましょう。

この歌の作者は猿丸太夫(さるまるだゆう)です。三十六歌仙と呼ばれる平安時代の和歌の名人の一人であり、その生没年は600年代後半頃であるとする説や800年代後半頃であるとする説などがありますが未だ不明です。

この歌は菅原道真の撰と言われる『新撰万葉集』や『古今和歌集』などに収められていますが、実は、『古今和歌集』の中では読み人知らずとして紹介されています。さまざまな文献に彼の名前や詠んだとされる歌が散見されますが、その存在を示す確かな記載はなく実在すらも疑われている歌人なのです。

読み人知らずとされたはずのこの歌がなぜ猿丸太夫の作として百人一首に定められているのか、その理由は定かではありませんが、猿丸太夫の名は和歌の名人として古くから知られていました。すなわち、この歌は編者である藤原定家から見てもその名を冠することができるほどに優れた歌であると考えられていたのだと推測できます。

深い山奥、風が吹き秋に彩られた木々が木の葉を揺らすざわめきや、微かに聞こえる生き物たちの命の息吹の音の中、一際大きく耳に届く悲痛なまでに甲高い鹿の鳴き声。歌を読んでいるだけで、耳の奥にその鹿の鳴き声が響いてくるような感覚がします。

秋は鹿の繁殖期です。その鳴き声はおそらく雄鹿が雌鹿を探し求めている声なのでしょう。実際、古くから鹿が鳴くときは雄鹿が雌鹿を求めるときだと言われていたそうです。

そんな鳴き声を聞いて物寂しさを感じているのだとすれば、歌の見え方も少し変わってくると思いませんか。

深い山奥でなく鹿の声が聞こえるということは作者もおそらく人里離れた山奥にいるのでしょう。普段は都で暮らしているのだとすれば、妻も子どもも京都に置いてきたことになります。人の少ない山の中で一人、伴侶を求めて鳴く鹿の声を聞く。木々はもう地面が木の葉で埋まるほどに散ってしまっていて、冬が近づいていることをひしひしと感じさせる肌寒い風が吹いている。

またこの歌には前述の通り、係り結びが用いられています。「声聞く時ぞ」と強調されているところから、鹿の悲痛な鳴き声がどれだけ作者の心を揺さぶったのかを推察することができるでしょう。係り結びは、ただの強調ではなくその歌を読んだ人へ強く訴えかけるような感情の動きも表現したものです。これらを踏まえれば、ただ秋は物悲しいなぁというだけではない、山奥に一人でいるが故の作者の強い感情が、遠くにいる妻や子どもを想う気持ちが見えてくるようではないでしょうか。

秋が過ぎれば冬がやってきます。空気は冷たく、山は色を失う季節。少しずつ木の葉の色が深くなりやがて散りゆく様は、どこまでも人々に郷愁を覚えさせるのでしょう。

いかがでしたか。

今回紹介した歌には「係り結び」という古文を学ぶ上で非常に重要な文法が用いられていましたね。係助詞は他にも何種類かありそれぞれに意味やルールがありますので、この機会に他の係助詞も覚えてしまいましょう。

そろそろ今年も終わりが近づき、年末年始にかけて百人一首に触れる機会も増えてくるのではないでしょうか。学校や親戚でカルタ取りをする時にはぜひ、得意札の一首としてこの歌を取れるように頑張ってみてくださいね。

<文/開成教育グループ 個別指導部 フリステウォーカー講師編集部:浅田 朋香>