2020/11/23

Duranの留学記【第2話】

Hello there!

さて、前回の続きである。三歳の子どもがガンガン英語で話している姿を目の当たりにしたボクは、

(こんな小さい子でも話せるのだから、英語って思ったよりも簡単なのかもしれない...)

と思いついた。これはある程度当たっているはずである。簡単でなければ公用語になんぞなっているはずがない。とは言え、そう思ったからとて、急に英語が聞き取れるようになるワケでも、話せるようになるワケでもなく、ボクの苦闘の日々は続いていた。ホームステイ先ではボクが到着後、近隣の人が物見遊山(ものみゆさん)でやって来るのだ。ちなみにこの市にはボクしか日本人はいない。田舎である。

"Here comes someone, Japanese."
(日本人ってのが来たぞ)

で、皆さん、いろんなことを話してくる。ついでにその時、聞かれた質問ベスト3を挙げておこう。

1, "How was the U.S?"
 『アメリカに来てみてどうだい?(いいところだろ)』

2,"How long are you gonna stay?" (gonna = going to
 『どのくらい居る予定なの?』

3, "My car is Dutsun. Isn't it great?"
 『私の車はダットサン(日産)なんだ。スゲーだろ?』

1は愛国心の現れだ。実によく聞かれた。が、着いたばっかなのに感想なんかないし...。

2もよく聞かれた。「一年間」、と答えると「短いな」と言われた。

3は車のほかにもTVなどの電化製品で同じことを言われた。SONYがアメリカの会社だと思っている人が多かったのにびっくり。

対人恐怖症になるのではないかと思うくらい英語は疲れる。いろいろ話せたら、来てくれた人たちを楽しませることができただろうし、ボクも楽しめただろう。残念至極である。さて...、

例によって夜、一人になって昼間の会話を反芻(はんすう)しながら考えた。問題なのは2、の問いなのである。

"How long are you gonna stay?"
(どのくらい居る予定なの?)

これである。実はしばらく話した後、相手は怪訝そうにこうも聞いてきていたのである。

"How long have you been staying?"
(来てどのくらい経つの?)

実はDuran、この二つの文を聞き分けることが出来なかったのである。何度も、何人にも聞かれたのに...。前者は疑問詞を使った未来形の文、後者は疑問詞を使った現在完了進行形だ。簡単な文章である。なぜ、この簡単な文章が聞き分けることが出来ないのか?いろいろと考えた。考えた挙句に一つの仮説に行きついた。

(英文を聞くときと日本文を聞くときの、ボクの身構え方に違いがあるのではないか...?)

ややこしい書き方になっているが、つまり、英文は最初に肝心なことを言ってしまうのに対し、日本文は最後に肝心なことを言う。そして日本人であるボクの身体は、無意識のうちに、文の最後を一生懸命に聞こうとしているのではないのか、ということである。誰もが使うこの文章で考えてみよう。

"I love you."
(わたしは、好き、あなた)

これを正しい日本語順にすると

『わたし(は)、あなた(が)、好き』

と、なる。「好き」という一番大切な言葉が最後に来ている。だから、日本語ではこんなことができる。

『私は、あなたが好き...............じゃない!』

これでは最後を真剣に聞かなければならないのは当たり前である。ちなみに英語ではこうなる。

"I don't love you."
(わたし、ちがう、好き、あなた)

こんな風に、主語の次に大切な言葉を発してしまっている。ココをおろそかにしなければいいのではないか。単語が分かる、分からないはその後なのだ。

Duranからひと言。

「英語は聞く態度を改めて、最初の方を一生懸命聞けば、もっとなんとかなるのではないか...?」

"Duran"

夕食時に我がホスト・ファザーがおもむろに話しかけてきた。もちろんゆっくりとね。

"We are going to church on tomorrow Sunday. Would you come with us? "(父)
(私たちは明日、日曜日には教会に行くのだ。一緒に来るかい?)

ボクのホストファミリーはカトリックだと聞いていた。そりゃあ、行きますよ。

"Yes, I will"Duran)←返事が固い。

すると15歳の弟が会話に入ってきた。この少年、今まで長男だったのが年上の僕が来て気に入らないのか、どうも食って掛かってくる。この少年だけは絶対にゆっくりとは話さない。

"What is your religion? Well, do Japanese have any religion at all? I heard you guys are nationally loose about it."
(お前の宗教って何なんだ? いや、そもそも日本人には宗教ってあんのか? 宗教に関しては無関心って聞いてるけど)

長女が割って入ってきた。彼女はボクに、というより日本人に優しい。

"Hey, don't be so rude. Yes, they do have some. Most of the Japanese are Buddhists."
(チョット、失礼じゃない。日本人にも宗教はあるに決まっているじゃないの。ほとんどの人は仏教徒よ)

確かに15歳の発言はちょっと問題なのだ。外国では宗教問題はすごくビビットな話題で、ヘタをすれば喧嘩では済まなくなる。宗教についてはあまり深く触れないように、留学の協会からさんざん言われていた。そもそも日本には、国教がない。個人でみても、元旦には初詣に行き(神道)、結婚式にはタキシードとウエディングドレスを着てリングの交換をし(キリスト教)、死んだら墓に入る(仏教)。おみくじを買い(神道)、仏壇を置き(仏教)、クリスマスやハロウインを祝う(キリスト教)。なんと世にも不思議な民族であることか!しかし、外国では無宗教というのは「神をも恐れぬヤツ」ということで人間として疑われてしまう。ボクはここで日本人の持つ宗教観とその歴史、そして僕自身の宗教とそのルーツに関して、一大講釈を打たねばならない。いけっ!Duran!!!

(―――無理、だ)

教会に着いた。ボクはスーツ姿である。教会は広く清潔だった。木でできた横長椅子が左右に20ぐらいずつ並び、キャンドルを配置した食卓や讃美歌を歌うのであろう舞台が見える。ステンドグラスから太陽光線が広がっている。お父さんが神父さんにボクを紹介してくれた。

"Good morning Father. This is my new son from Japan, Duran" (父)
(おはようございます、神父さん。彼が日本から来た私の新しい息子のDuranです)

カトリックの神父は黒ずくめの祭服に真っ白の襟(えり)だ。にこやかに言った。

"God bless you, Duran. I'm so glad you join us. Thank God for meeting us. Amen." (神父)
(神の祝福を、Duran。あなたが来られたことを本当にうれしく思います。出会えたことを神に感謝しましょう。アーメン)

"Amen" Duran

なんかカッコいいのである。映画みたいだ。

(さて、神父さんの話は、一方通行に聞いているだけだ。昨日決めたようにlisteningをやってみよう)

神父さんのお話(?)が始まった。

"Every one of you. Jesus is always and forever on your side. Let's play"(神父)
(皆さん一人一人に。キリストはいつも、そして永遠にあなたのそばにいます。さあ、遊ぼう)

(んっ?遊ぼう?なにすんだ?)←(Duran

この時Duranはまた一つ、大きな課題をリアライズすることになるのだ。

See you next time!

<文/開成教育グループ 個別指導部 フリステウォーカー講師編集部:藤本 憲一>