2021/01/25
古典入門 百人一首カルタ【第5回】
年が明けましたね。今年の冬は雪が多いようで、豪雪地帯にお住まいの皆さんは大変な思いをされているかと思います。あまりに降りすぎるのも考えものではありますが、雪は古来日本の冬の風物詩として親しまれているものの一つです。
日本語というのは面白いもので、その降り方や積もり方、降る時期などによって様々な呼び名があります。例えば、正月三が日に降る雪は「御下り(おくだり)」「三白(さんぱく)」と呼ばれ、おめでたいものであるとされました。また「玉屑(ぎょくせつ)」「瑞花(ずいか)」「六花(りっか)」など、これらはすべて雪の別名です。その結晶の形の美しさやふわふわとした粒の様子からそのように呼ばれるようになったのだと考えられます。
さて、雪について少し深掘りしましたが、本日紹介する歌は雪ではなく霜が詠み込まれた歌です。一つの言葉に二つの意味をのせて詠まれた趣深い歌ですので、その点にも注目して鑑賞していきましょう。
「かささぎの 渡せる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける」
(現代語訳)
天の川にかささぎが連なって渡したという橋に散らばる星のように、宮中に繋がる階段に降りた霜の白さを見ると、すっかり夜が更けたのだなぁと思うものだ。
文法と語彙
文法
・「渡せる」の「る」は、完了の助動詞「り」の連体形です。「り」はサ行変格活用の未然形と四段活用の已然形に接続するため、直前のサ行四段活用の動詞「渡す」は已然形に変化しています。
・「白き」は、ク活用の形容詞「白し」の連体形です。直後の「を」の前に"こと"などを補って読むことができる準体法の表現です。
・「ば」は、順接確定条件の接続助詞「ば」です。前回の記事でも紹介した通り、「ば」には未然形接続の順接仮定条件の用法と、已然形接続の順接確定条件の用法がありますが、今回の場合は「見れ」が已然形であるために順接確定条件の用法であると判断できます。
・「夜ぞ更けにける」は、係助詞の「ぞ」があることで係り結びの法則に基づいて詠嘆の助動詞「けり」が連体形に変化した形です。係り結びについては前回、前々回も学習しましたね。
語彙
・「かささぎ」とは、カラス科に属する鳥です。黒地に白い斑点のある羽を持ち、中国では七夕伝説で天の川に橋を渡したという逸話があります。この歌はその逸話を踏まえているものだとされ、訳にもそれを反映しています。
・「渡せる橋」は、上記の逸話に基づいてかささぎが天の川に渡した橋とする読み方と、宮中へと昇る階段のことを指す読み方があります。宮中はよく天上に例えられ、雲居などと呼ばれます。そこにかかる階段に霜が降りている様を見て詠んだという説があります。
歌の背景と鑑賞
それでは、歌の背景について鑑賞していきましょう。
この歌の作者は大伴家持(おおとものやかもち)であるとされています。歌番号が6であることからもわかる通り、その成立は百人一首の中でも古く、奈良時代のことであるため実際に大伴家持が詠んだ歌かという点においては疑問の声もありますが、大伴家持は三十六歌仙の一人にも選ばれた有名な歌人です。研究によれば万葉集の撰者であるとも言われています。平城京にある朝廷に仕えていた大伴家持は天皇の暮らす宮中へ近づく機会も多かったのでしょう。そんな彼の環境がこの歌に深みを持たせる二つの解釈が生み出される原因の一つとなりました。
前述のかささぎについての伝説と、宮中の階段の解釈。内容のロマンチックさからか前者の伝説に基づいた訳の方が一般的なようですが、個人的には後者の訳も捨てがたいと思います。宮中に昇る階段、それは一定以上の身分を持つ人しか目にすることのできない場所であり、雲の上の人である天皇へと繋がる道です。鳥の背が繋がってできた橋ほどの幻想的なイメージはありませんが、その先にあるのは神秘に包まれた天皇の居所であり、そこに真っ白な霜が降りて一面を覆っている。なかなかに美しく心動かされる光景ではないでしょうか。
また、「夜ぞ更けにける」とあるように、これは夜の光景を詠んだ歌です。この部分には係り結びに加えて詠嘆の助動詞が用いられており、夜が更けた、という事実を実にしみじみと味わっているように感じられます。寒い冬の夜の空気はきんと張り詰めたように冷たく、また静かに透き通っているものです。真っ白に霜の降りた階段を見れば尚のこと、寒さが体に染み込むように感じられることでしょう。もしかすると、そんな寒さを紛らせるために天の川伝説を思い出し、宮中をそれに見立てて感動する思いを歌にしたのかもしれませんね。
電気などないこの時代、空を見上げれば一面の天の川が広がり、視線を戻せば目の前には一面に霜の降りた美しい階段がある。幻想的で美しい伝説をも彷彿とさせる光景の中で、酷く冷たい冬の空気が夜の深さを伝えてくる。作者はそんな夜をいったいどんな思いで過ごしていたのでしょうか。
いかがでしたか。今回はまた季節にちなんだ歌を紹介しました。よく使われる文法事項やその使い方などはそろそろ覚えてきた頃でしょうか。「ば」の使い方や係り結びの法則などは和歌以外の古文でもよく使われる文法なので、しっかりと覚えておくことをお勧めします。接続詞も強調表現も、現代語においてもよく用いるものですよね。人の感情や文章の表現は、もしかすると今も昔もそう変わりがないのかもしれませんね。
まだまだ寒い日々が続きますが、受験生の皆さんは本番も近づいていることでしょう。皆さま体調に気をつけてお過ごしくださいね。
<文/開成教育グループ 個別指導部 フリステウォーカー講師編集部:浅田 朋香>