2020/06/29

藤山正彦のぷち教育学【世界の教科書から見る日本】

こんにちは。藤山です。教育に関するお話をしていきます。
今回は、世界の教科書から見る日本についてお送りします。

14年前の2005416日(土)。中国上海で200人くらいの学生集団による日本総領事館へのデモ行進が行われ、領事館周辺にたどり着くころには1万人以上に膨れ上がり、約5時間にわたって、レンガの破片やペットボトル、ペンキ、卵、果物などを総領事館に向かって投げ続けました。市内各所でも同様の暴動が発生し、この日の上海のデモ参加者は、最終的に10万人に達したといわれています。反日デモの一部は暴徒化しており、中国人経営の日本料理店や中国人が乗っている日本車に対して大勢で襲撃するなどの事件に発展しました。

この後中国各地に飛び火したこの暴動ですが、原因の一つが中国の「反日教育」であるという報道がありました。しかし、私はこの論に違和感を覚えました。というのは、例えば日本では小学校5年生の社会の授業で【日本の最北端=択捉島】と習うわけですが、日本からは70年以上簡単にその島に立ち入る事が出来ず、それどころか近づいただけでつかまってしまった人も少なくないという現状と併せて考え、今のロシアやロシア人に対して敵意が芽生える小学生ってどれほどいるものでしょうか、と考えれば、文明国の学校教育がそれほどの他国に対する憎しみや敵意を作る事はあり得ないと思ったからです。

デモに参加した学生たちがどのような歴史教育を受けたかを知るために、今から20年前に、中国(中華人民共和国)の歴史教科書を調べた資料がありましたのでその内容を紹介します。

中華人民共和国

中国の教科書は「人民出版社」から出版された一種類しかありません。高校生用は「簡明世界史」という名前の本ですが、上中下の3冊に分かれた合計1100ページに及ぶ(3冊積み上げると厚さ10センチ近く・・・)恐ろしい分量の教科書です。全体量も多いのですから、隣国の日本に関する記述はさぞかし多いのでは、と思いますが、実は全体の5%にしか過ぎません。 

元寇の事も書いてありませんし、日本文化に関する記述もありません。但し文字(漢字)や宗教(仏教)、貿易に関しては「中国人民から友好的に」伝えられたと1ページ半も費やして記述されてあります。邪馬台国は奴隷制度であり、荘園時代(平安後期)や封建時代(鎌倉~江戸)には民衆の暴動(米騒動など)が発生したが、明治の開国以降はファシズム国家になって侵略戦争を起こす。というまとめ方がされています。満州事変・盧溝橋事件から始まる中国本土への侵略により、「人々に多大の苦難を与えた。」が結局ファシズムは崩壊して新中国の誕生をみるに至った経過として書かれています。しかし記述されている分量からすると、最初から日本は相手にされていない印象です。そもそもこの歴史教科書は人民の階級闘争は世界で普遍的に行われてきたという流れで作られているので、文化人は元より徳川家康以外の徳川家の人名が無い代わりに、天草四郎や大塩平八郎、幸徳秋水、片山潜といった反乱を起こした人物や社会運動家がヒーローとして描かれています。

インド

インドの教科書についてです。識字率が半分以下とされる20年前ですが、英語が全学年で必修科目であり、地理や歴史の教科書も英語で書かれています。

さて、「進歩的地理」という1981年の地理の教科書には日本について「三千九百あまりの島々の連なる美しい国土」と良い感じの紹介から始まりますが、時々首をひねるような記述が続きます。「茶は日本人にとって重要な作物であるが(それはそうかもしれない)、桑の木は日本中で栽培されていて、それを餌とする蚕が飼育されている(いつのことだろう)。工業用の原料が乏しいにもかかわらず、鉄鋼や造船、電気機器や光学機械の輸出元である。これは日本人の勤勉さと体力のなせる技である(体力?)。日本は地震国なので、土地が毎日振動している(え?)。従って日本人は軽量な木と紙で作った家に住んでいる(木造3階建てとかもあるんですけど)。現在は建築技術が発達したため、どの町でも鉄鋼やコンクリート製の建物を見ることができる(そういう理由だったのか)。

イスラム圏の学校ではコーランの暗謡が主目的なので、こういう科目はあまり大切にされていないという事情もあるようですが、日本をもう少し知っていただきたいものです。

イギリス

イギリスの教科書は日本というより、日本人理解に力を入れているようです。地理の授業では一部の地域を深く分析研究して、それをモデルに様々な知識を理解させようという、かつて日本の中学でも行われていた方法が主流です。その為に作られた「日本人」という小冊子(1982年)によると・・・

35歳以下の女性は『新伝統主義者』と『ネオウーマン』と『過激な平和主義者』に分類できる・・・。」という不思議な記述もありますが、「多くの日本人はまだまだ外国人とかかわりあいたくないと考えている。」といった的を射た指摘もあり「ある権威あるイタリアのオペラが来日した時、切符代が恐ろしく高価であったにもかかわらず、すべて売り切れになってしまった。」と西洋に対するあこがれを持っている事も紹介されています。一方ウェールズやスコットランドに進出した日本企業についての記述もあり、日本人に対する警戒感も感じられます。

ケニア

ケニアの中学1年生用の「世界史」についてです。出版はロングマン社、日本でも英語の辞書で知られている有名な会社です。

日本の発展についての記述です。「十九世紀半ばにはヨーロッパの大半とアメリカ合衆国がすでに工業化されつつあったが、日本はまだ後進国であった。しかし今日、日本は多くの産業分野において世界の先頭に立っている。物語は1853年アメリカが国際貿易と外交の門戸を日本に開かせようと強く迫ってきたときに始まった。・・・」という開国に至る詳細な記述から始まり、「不幸な事には、日本は海外への進出に夢中になった。日本のリーダーシップは軍の指導者たちに強く握られるようになり」と軍拡路線に進むくだりから日露戦争、満州事変、真珠湾、原子爆弾、といった日本の教科書並みに詳しい記述が続きます。戦後の復興や高度な工業化については、その下地は鎖国時代にあるとの主張で「国を支配していた軍事的独裁者たち(将軍)の傘下にあった軍隊を強化するため、数学や物理学や化学と同じように外国語を学べる学問所も作られていた。外科、小児科などの医療分野も高いレベルに達していた。」との記述もあります。現代の日本については識字率の高さや中学校で代数や統計学、電子工学、無機化学が扱われているとされ(間違ってはいない)、ノーベル賞受賞者も紹介されています。

このような詳細に日本が紹介されているのに対して、日本の歴史教科書にはケニアは出てきませんし、地理の教科書でも数行の扱いです。

ケニアの皆さん、すみません。もっとケニアを勉強します。

フランス

これは独特です。高校生用の歴史の教科書の一つである「現代の世界」(1979年)によると、さすがフランス、文化に関する記述が多いのですが、社会、政治や宗教も含めて哲学的に表現されています。

「日本はアジア的東洋に西洋化を加えた存在である。わずか一世紀の間に日本はヨーロッパと北米合衆国の大きな力の水準に到達した。トクガワ将軍家250年余りの鎖国の後、1868年に明治維新が起こり、封建性を捨てて自由資本主義の全く新しい制度を導入したのである。20世紀初めからの日本軍の発展は、その工業生産物に支えられて初めての全世界的規模での大戦争を惹起させたが、それは日本にとって一つの賭けであったともいえよう。」(うわ、難しいけど全部当たっています。)「機械を模倣して力を得、アングロサクソン的制度を採用し、ヨーロッパ風の衣服をつけることは気軽な事だ。ヘーゲルに心酔し、モーツァルトを聴き、全く違った種類の文化を受け入れる。こうした新しい日本の顔の後ろには、いつも『日本の秘密』が存在しているのではなかろうか。」(・・・考え込まされます。)

「日本人は西洋の宗教への改宗はしなかった。現在キリスト教徒はわずか40万人ほどに過ぎない。その反対に、日本はヨーロッパやアメリカの音楽や絵画を採用した。伝統的な日本の音楽は能の古典的演奏とともに、民衆の好むジャズの陰に隠れてしまっている。」「その住居の中でも日本人は伝統性と現代性の混合を示している。それゆえにキモノは女性にとっては便利なものなのに、仕事のために放棄されてしまい、ただ儀礼や訪問の際に着用されるだけとなった。」といった記述があるかと思えば、国際政治における日本の役割をのべるなど、私が知る限り最高水準の記述内容となっています。但し日本を詳しい人が読めば面白いのですが、教科書としてはレベルが高すぎて、この記述から日本を理解するのも厳しいのではと感じられます。

日本の皆さん、フランスの教科書で日本について勉強しましょう。

いくつかの国の教科書を例にとりましたが、少なくとも日本に対して敵意をあおるような教科書は見当たらないようです。それに、インターネットも含めて通信手段がこれほど発達した現代ですので、もし偏った内容の教科書があったとしても、それをすべて信じてしまう人も少ないのではと思います。隣国である大韓民国との関係悪化も、韓国で行われている反日教育が原因だとの説がありますが、外交上の問題を教育に押し付け、すべての韓国民が日本に敵意を持っているかのような説は危険だといえるでしょう。因みに日本の中学校社会科教科書における韓国に関する記述量もあまりにも少なく、これで大韓民国という国が理解できるとは思えません。いずれにしても他国の歴史や文化、産業や統治機構などの特性を知る事が、相互理解の第一歩だと思うのですが・・・。

【参考文献】

・別技篤彦 「世界の教科書は日本をどう教えているか」 朝日新聞社 1999

・「教育工学事典」実教出版 2000

・「教育の方法と技術」 ぎょうせい 1993

・「新教育学大辞典」第一法規出版 1990

<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>

【フリステWalker 第134号(2019.12月)掲載】