2021/03/08

藤山正彦のぷち教育学【スキーマ Schema】

 イソップ物語の「アリとキリギリス」の話を思い出してみてください。オチは何通りかあるそうですが、基本は夏の間に遊び暮らしていたキリギリスが冬になって苦労するというストーリーです。このお話には「物語と教訓」が含まれています。キリギリスが冬に苦労する場面を、「ああ、キリギリスって大変だなぁ~、かわいそう」とみるのではなく、「今、快楽を求めていると、将来苦労するのだ。自分はそうならないように、日々精進しよう」と理解するための物語(寓話)なのです。一度こういう見方ができるようになるとイソップの他の物語も同じように、その中に含まれている「教訓」を探しながら読むことになります。

内容の理解に影響を与える「スキーマ」

 一連の知識の枠組みの事を「スキーマ」、といいます。イソップ童話には教訓が含まれている、小説を読むときは「設定」(時代や国・地域、主人公や登場人物の属性など)と「出来事」といった構造を追いかけながら主人公の気持ちに共感しながら読む、4コマ漫画を読むときは「オチ」を期待しながら読む、など多くの人はそのスキーマを利用しながらその世界を理解していきます。

 よく、学校英語に対して、「生きた英語ではない」とか「コミュニケーション能力が身につかない」といった批判がなされますが、そもそも学校英語の目的は、外国語を文法と単語といった要素に分けて習得する「スキーマ」を身に着ける事なので、このような批判は的外れです。最近ではコミュニケーションの場面が想定できるように、学校の教科書に会話文が増え、聞く・話す能力を証明するための外部検定の受験が推奨されるようになってきましたが、従来の文法・単語を積み上げていく英語学習が不要になっているわけではありません。そもそも、実際に海外での生活経験がある方はご存じだと思いますが、日常的なコミュニケーションは単語と身振り手振りと笑顔で何とかなります。

テスト:「スキーマ」がないとどう困る?

 スキーマの有無は内容の理解に大きく影響します。
 突然ですが、ここで読解力のテストです。実はスキーマが無いとどの程度困るか、という例文をあげます。ひとまず以下の文章を23回くらい黙読してみてください。

(例文1)
新聞の方が雑誌よりいい。街中より海岸の方が場所としていい。最初は歩くより走る方がいい。何度もトライしなくてはならないだろう。ちょっとしたコツがいるが、つかむのは易しい。小さな子どもでも楽しめる。一度成功すると面倒は少ない。鳥が近づきすぎることはめったにない。ただ、雨はすぐしみ込む。多すぎる人がこれをいっせいにやると面倒がおきうる。ひとつについてかなりのスペースがいる。面倒がなければ、のどかなものである。石はアンカーがわりに使える。ゆるんでものがとれたりすると、それで終わりである。
(西林、2006p.45

 難しい単語はほとんどないのに、内容がよく分かりませんし、頭にも残らなかったと思います。学校の授業が理解できない子どもの気持ちが少しお分かりいただけたのではないでしょうか。そこで、この文章に「紙で凧(たこ)を作って空に揚げる」という題をつけて、もう一度読んでみてください。如何でしょうか、今度はするすると意味が分かりましたね。

 では、二つ目。今度はちょっとレベルが上がります。同じように23回読んでみてください。何の方法についての説明をしているのでしょうか。

(例文2)
その手順はとても簡単である。はじめに,ものをいくつかの山に分ける。もちろんその全体量によっては,一山でもよい。次のステップに必要な設備がないためどこか他の場所へ移動する場合を除いては,準備完了である。一度にたくさんしすぎないことが肝心である。多すぎるより,少なすぎる方がましだ。すぐにはこのことの大切さがわからないかもしれないが,めんどうなことになりかねない。そうしなければ,高くつくことにもなる。最初はこうした手順は複雑に思えるだろう。でも,それはすぐに生活の一部になってしまう。近い将来,この作業の必要性がなくなると予言できる人はいないだろう。その手順が終わったら,再び材料をいくつかの山に分ける。そして,それぞれ適切な場所に置く。それらはもう一度使用され,またこのすべてのサイクルが繰り返される。ともあれ,それは生活の一部である。
Bransford & Johnson,1972)

 英語を日本語に直しているので、さらにわかりにくくなっていますが、最初の「その手順」の「その」がわからないので、スキーマが無いまま理解ができない状態になっています。正解は、この文章の最後に書いていますので、しばらく考えてから、答えを見てみてください。

学習面における「スキーマ」の捉え方

 スキーマを取り違えると、教科の学習の妨げになる場合もあります。例えば理科や社会は理解するのではなく暗記科目だ、と思い込んでいると、計算が必要な分野に来た時に混乱してしまいますし、数学では、解き方を練習して覚える(手順のパターンを暗記する)科目だと思い込んで学習していると、応用問題や複合問題、証明問題で点数が取れなくなってしまいます。この勘違いによる伸び悩みを「練習不足だから基礎ができていない」とか「そもそも不勉強だ」など、学習量の責任にしても解決にはなりません。周りの人のアドバイスから、その教科の「スキーマ」から捉えなおす事が必要になります。

 20203月~5月までの学校の休校期間を経て、生徒の学力がどのように変化したのかを中3生の「開成公開テスト」の結果で分析してみました。すると例年よりも数学、特に図形問題の平均点は低下したが、英単語の点数は向上、国語の漢字では平均点が過去最高を記録しました。つまり、多くの中学生は学校が休みになって、自分で学習しなければいけない時、勉強=知識量を増やすこと、と考えて、暗記物に時間を費やしたようです。つまり自主勉強=暗記、といったスキーマを持っている中学生が多かったと考えられます。

 お子さんが「この科目、いったい何のためにあるの?将来何の役に立つの?」という疑問を持った時、このスキーマを捉えなおす最大のチャンスです。それぞれの科目のスキーマ(英語なら母語以外の言語を分解して理解する方法、数学なら理論的な思考力、国語は語彙に対する敏感さと文構造から未知の内容を類推する力、理科ならミクロ・マクロ双方の考え方と物理法則、相互作用から自然を理解しようとする力、社会なら現在の社会の仕組みとその必然を理解し、未来の仕組みを考える力、など・・・)を教科書の目次を見ながら一緒に考えてあげることで、勉強に対する意欲が見違えるほど変わるかも知れません。

 

(例文2の答え)「その手順」=「衣類の洗濯の手順」

参考文献
・香川文治・吉崎静夫 「授業ルーチンの導入と維持」 日本教育工学雑誌 Vol.13 No.3 pp.111-119 1979
・藤山正彦 「授業ルーチン維持に及ぼす教師の働き」 日本教育工学会大会講演論文集 16(2), 555-556, 2000
・西林克彦「わかったつもり:読解力がつかない本当の原因」光文社新書2222008
Bransford, J. D., & Johnson, M. K. Contextual prerequisites for understanding: Some investigations of comprehension and recall. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 11(6), 717-7261972

<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>