2020/06/30

藤山正彦のぷち教育学【最新の研究より】

こんにちは。藤山です。教育に関するお話をしていきます。
今回は、最新の研究についてお送りします。

以前このコーナーで「ピグマリオン効果」(教師が「この生徒は出来るようになるはずだ。」と思って指導すると、その生徒は本当にできるようになる。『期待効果』ともいう)や「ホーソン効果」(自分自身ができるはずだと期待すれば成績の向上にプラスに働く効果)を紹介しましたが、教育にとって、生徒自身の学習意欲は永遠のテーマです。

東京大学とベネッセが共同で2018年に行った調査(図1)によると、勉強が好きだと答えた割合が、小663.7%だったのに対し、学年が上がれば次第に低下し、高1では33.5%まで低下するそうです。しかも男子に限ると30.6%です。単純計算すると40人クラスなら30人近い「勉強が好きでない」生徒相手に授業をすることになりますので、学校の先生のストレスも大変なものだと思います。

■図1

ベネッセ調査.jpg「子どもの生活と学びに関する親子調査 20152018
東京大学社会科学研究所 ベネッセ教育総合研究所 2018より



「教師の内発的動機づけが学習者の期待形成および内発的動機づけに与える影響」

寺尾香那子・中井素之
名古屋大学大学院教育発達科学研究科

この研究は大学生53名と大学院生5名による実験授業とアンケートから成り立っています。まず、学生グループを24名と29名の二グループに分け、別の教師役の大学院生が「行動経済学」の授業を行うというものです。但し、一方のグループでは教師役が、「ボランティアで教育活動を引き受けた。この分野に大変興味を持っている。今回教えることを非常に楽しみにしている。」と伝えてから授業を開始したのに対し、もう一方のグループには所属と専門分野の紹介のみで授業を開始します。そして、授業終了後、「今回の学習内容は面白そうだ」「先生役の大学院生は、私が理解しようとすることを応援してくれそうだ。」などといった期待尺度を測るアンケートと「行動経済学についていろいろ調べてみたい。」などといった内発的動機づけ尺度を測るアンケートを実施しました。

簡単に説明すると、その学問分野が好きで、教えたい、という教師とそれを伝えなかった教師とで、生徒役の学生の感じ方に違いがあるのか、という実験です。

結果は見事、期待尺度は高相関、内発的動機づけでも中程度の相関がみられました。つまり、「やる気のある先生」に教わると生徒の「やる気」も上がる、というわけです。

そういえば、私は中学時代、数学は純粋に人が作ったものであるから人であれば理解できるはずだ、という強烈な信念の数学の先生に教わっていましたが、その数学の先生の家になぜか休日に友人と遊びに行ったところ、その先生は自宅で膨大な数学書(もちろんほぼ英語やドイツ語、中にはラテン語らしきものも)に囲まれた書斎で数学の証明問題を楽しそうに解いており、その特異性(?)に影響されて友人も私も数学が大好きになりました。

私の個人的な経験はともかく、今回紹介したこの研究は、ある分野が大好きで教えることも大好きな先生に教わると、生徒がその影響を受けて、自発的にもっと深く勉強したくなるということが学問的に証明された研究なのでした。

早いもので、学年が切り替わるまであと数か月となりました。特に卒業学年はこれからあわただしい時期を経て、間もなく担任の先生ともお別れとなるわけですが、お子様方は学校の先生とどのような信頼関係が築けたのでしょうか。このような教師と生徒との関係についての研究も重要だと思うのですが、残念ながら教員研修などでは、教師の「信頼性」の視点で教師の指導力が語られ、生徒側からの「信頼感」についての知見が示されることが実は多くありません。そういった意味で、この研究は着目すべき視点だと思います。



「教師との関係の形成・維持に対する動機づけと担任教師に対する信頼感の関連」

中井大介 愛知教育大学

中学生483名に行ったアンケート調査とその分析による研究です。教師との関係について24項目の質問に「あてはまる(5点)」~「当てはまらない(1点)」の5段階で、さらに担任教師をどう思っているのかに関する31の質問に4段階で答えてもらうアンケートを実施します。アンケートの並び方で回答に影響しないように似たような内容は離して配置するなどし、その相関も取って、信頼性を上げるようにしています。

その結果、まず、教師との関係については4つの類型に分けることができます。「先生と一緒にいると、楽しい時間が多いから」などといった生徒自身が自主的に担任に好意を持っているのを『内的調整』、「先生との関係は、自分にとっていみがあるものだから」といった担任と一緒にいることによる価値を見出している感覚を『同一化』、「先生と関わるように、親から言われるから」など外的な要因で成り立っている関係を『外的調整』、「先生に良い印象を与えておきたいから」など、関わらないことに対する不利益を避ける感覚を『取り入れ』と名付けます。

次に担任教師をどう思っているのかについては、「私が不安な時、先生に話を聞いてもらうと安心する」などの項目を『担任への安心感』、「先生は威張っているように感じる」などネガティブなイメージは『担任への不信』、「先生は何事にも一生懸命であると思う」など好き嫌いは関係なく、その役割を評価しているものは『担任への役割評価』の3つに類型分けすることができました。次はこの4つの類型と教師に対する思いとの3つの類型との相関を取ります。その結果がFigure1のパス図ですが、単純化すると、担任への安心感と最も相関が高いのは『内的調整』で「担任の不信」とは逆相関、つまり純粋に担任と居て楽しいと思う生徒は、結果的に担任に安心を感じている、という当然の結果が生まれました。逆に言いますと、「先生と関わるように、親から言われるから」といった外的調整や、嫌われないために我慢している状態の「取り入れ」と、担任への不信が高い相関となっていますから、担任への不信の原因を取り除かなければ、周りから担任と仲良くしなさいと言ってもネガティブな評価を変えることはできないということを示唆しています。

■Figure1のパス図

中井大輔 愛知教育大学.jpg

因みに、添付のパス図の中の数値ですが、上は男子、下は女子です。『内的調整』と『担任への役割遂行評価』の矢印には男子0.30、女子0.43とありますが、担任は好きであるが、担任の役割を評価しているという、教師を客観的な見方をしているのは女子の方が多いということになります。この年代の女子は男子よりも論理的な感覚が成長しているのかもしれません。

今回は、教師の役割について、2つの研究を紹介しましたが、今や大半の高校生がスマートフォンやタブレットを使いこなし、10年前では考えられないほどの情報検索能力を持っていますので、これからの時代は知識を持っているだけでは勝負できず、学問に対するモチベーションや人とのかかわりの重要性が、逆に増してきているように思えます。一方今も昔も子どもにとっては先生との出会いがその後の人生に大きな影響を及ぼすことには変わりないと思います。

私たちは、担当の先生やフェローとの出会いが生徒の皆さんに良かったと思ってもらえるように、日々研究・研修を続けておりますが、学校やその他の習い事でも素晴らしいと思える先生に出会えることを祈っております。

【参考文献】

J.ピアジェ・B.イネルデ 波多野完治・須賀哲夫・周郷博(訳)新しい児童心理学 白水社 クセジュ文庫 1969

・加藤幸次・佐久間茂和 個性を生かす学習環境づくり ぎょうせい 1992

・中井大輔「教師との関係の形成・維持に対する動機づけと担任教師に対する信頼感の関連 教育心理学研究 63巻第4号 2015

・日本教育工学会編「教育工学事典」 実教出版 2000

・Rosenthal,R.&Jasobson,L.,Pygmalion in the classroom:Teacher expectation and 那須正裕(編)『達成動機の理論と展開』 金子書房 1995

・寺尾香那子・中井素之「教師の内発的動機づけが学習者の期待形成および内発的動機づけに与える影響」日本教育工学会論文誌 432019

・ウィキペディア「ピュグマリオーン」の項

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%A5%E3%82%B0%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%B3