2021/04/05

藤山正彦のぷち教育学【ピグマリオン効果 Pygmalion effect】

「ピグマリオン効果」とは

「ピグマリオン」とはギリシャ神話に出てくるキプロスの王の名前です。ひとまずそのお話を紹介しますと・・・現実の女性に失望していたピグマリオンは、あるとき自ら理想の女性・ガラテアを彫刻しました。その像を見ているうちにガラテアが服を着ていないことを恥ずかしいと思い始め、服を彫り入れます。そのうち彼は自らの彫刻に恋をするようになり、さらに彼は食事を用意したり話しかけたりするようになり、それが人間になることを願いました。ついにはその彫像から離れないようになり次第に衰弱していく姿を見かねた女神アプロディーテがその願いを容れて彫像に生命を与え、ピグマリオンはそれを妻として迎えました。めでたし、めでたし(?)。 

現代の日本では収集しているキャラクターのフィギュアを「嫁」と呼んで大切にしている方々がいらっしゃるそうですが、3000年以上前にもいらっしゃったとは・・・。

それはさておき教育学でいう、ピグマリオン効果とは、教師が「この生徒は出来るようになるはずだ。」と思って指導すると、本当にできるようになる、という効果の事です。「期待効果」ともいいます。

教育における「ピグマリオン効果」

実際に50年程前にアメリカ合衆国の教育心理学者ロバート・ローゼンタールによって行われた実験と、その結果は以下の通りです。

サンフランシスコの小学校で、ハーバード式突発性学習能力予測テストと名づけた普通の知能テストを行ない、学級担任には、今後数ヶ月の間に成績が伸びてくる学習者を割り出すための検査であると説明しました。しかし、実際のところ、この検査には何の意味もなく、実験施行者は、検査の結果と関係なく無作為に選ばれた児童の名簿を学級担任に見せて、この名簿に記載されている児童が、今後数ヶ月の間に成績が伸びる子供達だと伝えました。

その後、学級担任は、子供達の成績が向上するという期待を込めて、その子供達を指導したところ、8か月後には10%以上成績が向上したそうです。さらに上級生では学習への興味や自主性といった態度面でも向上が確認されたそうです。

サンプルを取り出す手法や、再現性(同じような実験をして同じ効果を確認できること)に問題があるとの事や、人で実験する事の倫理的な問題(子どもを長期間にわたって実験的に勉強できるようにしたり、できないようにしたりする事は許されません)で、この実験自体を支持しない学者もいますが、教師が期待を込めた生徒に対する扱いや質問内容など応対が変化した事実は確認されています。たとえば質問されて生徒が答える場面で、期待されている生徒が正解した時には大きくほめ、答えに戸惑っていても待つ時間が長く、間違っていた場合でも正しい答えが言えるようにヒントを与えてもう一度チャンスを与えるなど、生徒にもその期待が伝わるかのような言動が有ったとの事です。従って、そのようなかかわり方が、生徒を伸ばす効果があったと考えた方がよさそうです。

しかし、一方で教師にプレッシャーをかけた場合はどう違うのか、といった40年ほど前のアメリカの教育心理学者エドワード L.ディシらによる研究もあります。教師と生徒(実際には教師役と生徒役の大学生)を2群に分け、一方の教師役には制限時間内にすべての内容を理解させることを求め、もう一方には何もノルマを与えない、といった実験です。

その結果、成果を求められた教師役は、生徒役への口出しが多くなり、もちろんほめる発言も増えましたが、指示や要求に加えて批判が多く、結果的に生徒役は教師役の指示通りの解答が書けるようになっただけだったそうです。つまり、生徒に対する期待を持たずに、成果だけを求めると、逆効果になる、ということを予見させる結果になりました。一昔前のスパルタ指導の学校の限界を予言しているような内容です。

今では「内発的動機づけ理論」の中の「自立性支援」という考え方が学校現場でも支配的になってきました。子ども自らが考え、決定する機会を作っていくことで、子どもの学習への内発的興味を呼び覚まそうという考え方です。但し、「自律性」といっても子どもを全く自由にさせるというわけではなく、むしろ大人が積極的に「関与」する必要があります。周りの大人も子どもと同じ目線で同じように興味を持ち、活動を楽しむという姿勢が有効だとされています。

育児法の本で「ほめて育てる」事を勧めているものを良く見ますが、その極意は「ほめる」行為や言葉ではなく、「期待」をしつつ、ともに歩む姿勢にあるのでは、と思います。期待することで、子どもの扱いが変わり、場合によっては「叱る」事も含めてその期待が子どもに伝わり、自尊心を育む事が大切だと私は考えます。

  

参考文献

・Deci,E.L.,Spiegel,N.H.,Ruan,R.M.,Koestner,R.,&Kauffman,M.(1982) Effects of performance standards on teaching styles :Behavior of controlling teachers. Journal of Educational Psychology,74,852-859
・J.ピアジェ・B.イネルデ 波多野完治・須賀哲夫・周郷博(訳)新しい児童心理学 白水社 クセジュ文庫 1969
・那須正裕(編)『達成動機の理論と展開』 金子書房 1995
・日本教育工学会編 『教育工学事典』 実教出版2000
・Rosenthal,R.&Jacobson,L.(1968).Pygmalion in the classroom. Holr,Rinehart&Winston.
・pupils'intellectual development.New York:Holt,Rinehart&Winston,1968宮本美佐子・R.S.シーグラー 無藤隆・日笠摩子(訳)子ども思考 誠信書房 1992

ウィキペディア「ピュグマリオーン」の項