2021/05/10

藤山正彦のぷち教育学【知能 Intelligence】

 「あの人は知能が高いなぁ。」とか「ニワトリは知能が低い。」など日常的に使われているこの「知能」という言葉ですが、様々なとらえ方ができる言葉です。知能が高いか低いかは種によって決まっている→つまり知能は遺伝で決まるものだ、とか、頭を鍛えよう、とか、勉強して賢くなりましょう、など→学習によって知能を変えることができるものだ。といった考えの違いもあります。難関校出身者は頭が良い、と思われがちですが、学力や学歴と関係なく、人の頭の良さを感じる場面は日常いくらでもあります。教育学では、「問題解決(problem solving)能力」のことを「知能」と呼ぶのが主流ですが、その解決すべき問題が「漢字検定試験に合格する事」のように既存の知識の量を要求される場合は暗記する力が中心になりますし、「何キロも離れた島の間を泳いで渡る事」といった問題解決には主に体力が必要だったりします。(実は効率よく体を動かすには頭も使っていますので、体の能力だけではないのですが、割合としては筋力や持久力など体の能力の方が多く必要になるはずです。)つまりは解決すべき「問題」が定義されていないので、これまた曖昧な言葉になってしまいます。

知能=能力ではない?

 しかし、これでは話が進まないので、学問的に説明をしていきます。実は、知能とは①抽象的思考力、②学習能力、③環境適応能力と伝統的な定義があり、さらにウェクスラー(David Wechsler, 1896 - 1981ルーマニア生まれのユダヤ系アメリカの心理学者)が「目的的に行動し、合理的に思考し、その環境を効果的に処理する個人の総合的、全体的な能力」と明確に定義しています。

 さらに、ギルフォード(Joy Paul Guilford1897 - 1983年 アメリカの心理学者)は内容・操作・所産の3次元から構成される立方体モデルを提案しています。(図1)

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知能を示す7つの要素

 ここまで来ると、知能=能力、ではなく、知的活動の過程まで知能に含むという考え方になるわけです。しかし、最近は知能をもっと広くとらえるべきだという考えが主流になり、代表的な説はガードナー(Howard Earl Gardner1943- アメリカの発達心理学者)が「言語・論理数学・空間・音楽・身体運動・対人関係・自己」という7つの要素で知能を説明しています。

 教育学や心理学を学んだ方は、ここに出てきた人の名前に聞き覚えがあるかもしれません。実は知能検査や性格検査を作った人たちでもあります。知能検査といえば以前IQ(=知能指数)が頭の良さを表す数値として重宝されました。昔は「精神年齢」÷「実年齢」×100という計算方法でしたので、知能指数が高い=成長が早い、というだけのことで、18歳を超えると意味のない数値になっています。(IQ150の80歳の人の精神年齢は120歳?)今では、同じ年齢の中での偏差値を元にして表現するのが一般的になってきましたが、これも検査方法や計算方法が複数あって混乱を招き、結局この数値はあまり使われなくなっています。本来知能検査というのは知的障害を持つ児童を数値化するためのものだったのですが、アメリカでは徴兵検査や移民の選別に使われ、日本でも戦後の一時期大学入試に利用されていました。今でも、その一部が企業の採用試験や公務員試験、法科大学院の適性検査などにも使われているようです。

 国立情報学研究所が中心になって進めた「東ロボくん」という人工知能(AI)が東京大学入試に挑戦!というプロジェクトが2011年から行われました。しかし、残念ながらそもそも人工知能はビッグデータを元にしたディープラーニングという「計算」しかできないので、英語や世界史など知識量を問う科目では高得点を取りましたが、身近な現象を題材にした物理の問題は理解できず、通用しなかったそうです。そもそもコンピューターは意味理解ができない、という点で「知能」とは呼べません。チェスやクイズの世界チャンピオンに勝ったからといって、頭が良いのではなく、逆にこの分野なら人の能力を超えますよ、という材料を探してきただけなのです。

知的な能力以外も表現するためにワイン・ペインによって考え出された「EQ=Emotional Intelligence Quotient 心の知能指数)」もダニエル・ゴールマンらによって広められています。このEQというのを内山喜久雄(19202012 心理学者 筑波大学名誉教授)は「スマートさ」「自己洞察」「主体的判断」「自己動機づけ」「楽観性」「自己コントロール」「愛他心」「共感的理解」「社会的スキル」「社会的デフトネス(器用さ)」を構成要素としています。いわゆる頭の良さを数値化するという点では同じですが、処理能力よりも社会への適応能力に重きを置いたこの考え方、今後どのように広がりがあるのか注目です。この数値の使い方、読み取り方も今後様々な意見が出る事でしょう。

参考文献
Cronbach,L.J., How can instruction be adapted to individual differences? Charles Merrill,1967
David Wechsler 『日本版WAIS-R成人知能検査法』 品川不二郎・小林重雄・藤田和弘・前川久男共訳編著、日本文化科学社、1990
辰野千寿 『新しい知能観に立った知能検査基本ハンドブック』 図書文化社、1995
『田中ビネー知能検査法』 田中教育研究所編、田研出版、1991
内山喜久雄『EQ、その潜在力の伸ばし方』 講談社 1997
『講座心理学9 知能』 肥田野直編、東京大学出版会、1970

<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>