2020/07/01

藤山正彦のぷち教育学【メンタルモデル】

こんにちは。藤山です。教育に関するお話をしていきます。
今回は、メンタルモデルについてお送りします。

メンタルモデルとは

人は何かを理解しようとするときに、既存の知識に例えて理解しようとします。スマートフォンが普及し始めたころには、「画像やその他のデータをやり取りできる機能と表示できる大きめの画面がついた携帯電話」というような説明がなされましたが、実際には音声を電波(搬送波)に乗せて基地局経由で伝達し、他の端末で復調して音声に戻すという携帯電話とは大きく原理が異なり、デジタル化された情報を伝達する「情報携帯端末」で、そのやり取りされている情報に音声も乗せられるので結果的に通話もできるという原理ですから、「通話もできる情報携帯端末」と言った方が正確になります。しかしそれではどのようなものかが理解できる人(つまり買ってくれる人)が少ないため、無線で通話ができる=携帯電話、という機能を軸に説明しようとしたものです。このように、多少不正確であっても既に実在するものの概念を利用して、未知のものや目に見えないものの概念をつかむためのモデルを「メンタルモデル」といいます。スマートフォンのsmartという英単語は「痩せている」という意味ではなくて「高性能」とか「賢い」という意味の形容詞ですので、スマートフォンという名称からすでに、cellular phone(携帯電話)の発展系を意識してつけたものと思われます。因みにcellularcellとは細胞や小さな部屋を表す言葉で、基地局から電波の届く数キロメートルの範囲をcellと呼びます。したがってcellular phone=「電波の届く範囲だけで使える電話」というイメージの言葉です。それを当初は「移動機」と呼んでいた当時のNTTが「携帯電話」と訳したおかげで「持ち歩ける電話」とのメンタルモデルが広まったわけです。

メンタルモデルの効果

教育の世界でもメンタルモデルは多用されています。中学校理科の「電流」についてです。電気の流れは目に見えないので(正確に言うと電子の流れの逆方向に電流は流れているという概念ですので、どうやっても見えるはずはありませんが)説明にはメンタルモデルを使います。よくあるのが電池を揚水ポンプに見立て、抵抗を水車に見立てて水路を流れる「水の流れ」というモデルですが、「小動物の移動」というモデルで説明されることもあります。実はこのモデル、どちらが優れているという訳ではなく、「水の流れ」モデルは電圧(=高さの違い)や、並列回路が合流した時には水の流れが合計になる(電流は和になる)などと説明しやすいため、直列と並列問題の正答率が上がりますが、「小動物の移動」モデルを使って道幅が増えると通りやすい、道が長くなると通りにくいという説明で金属線の断面積や長さと抵抗値の関係や発熱量の説明をするとイメージしやすくなります。このように、メンタルモデルの誘導によって説明の効果が変わってきます。

メンタルモデルを誘導する名称

もはや役割をずばり名前にして理解してもらおうというモデルもあります。コンピュータネットワークセキュリティーに使われる「ファイアウォール」(防火壁)。ネットワークとコンピューターの間に壁ができるイメージですが、実際に壁があるわけではなく、安全で必要な情報だけ通すフィルターのような役割をする接続機器やソフトウェアのことです。

もし、この役割のものが「安全フィルター」などと通す方の作用を強調する名称だったとしたら、ちょっと不安になってしまいます。

言葉の概念を掴むためのモデル

先日、ある高校生から、自分のノートだと鎌倉幕府の政所と侍所、どちらにも「別当」っていう人がいるのですが、私の書き間違いでしょうか・・・。という質問がありましたが、別当というのは、長官と同じような意味で、その組織の責任者っていう意味だよ、と答えると即座に理解できたようです。(本当は長官というのは律令制での官僚の位を表す言葉なので、別当=長官ではないのですが、言葉の概念を掴むためにはこのモデルが理解を助けたようです。)

自ら作り上げてしまったメンタルモデル(素朴概念)を正すのも教育の役目です。

10グラムの食塩水を100グラムの水に入れました。溶け残っているときとすべて溶けた時では重さは変わりますか?という質問、小学生にするとほとんどが「すべて溶けたら軽くなる」というものでした。「見えなくなった=消えた」というイメージからでしょうか。もしくは、「水に沈む=重い。混ざって浮かんでいる=軽くなった」という理由でしょうか、実際に天秤の上で実験するまで信じない子どもも少なくありません。実は物質量が変わるわけではないので重さは変わりません。

では、炭酸飲料のふたを開けた時にプシュッと音がして、二酸化炭素(炭酸ガス)が抜けますが、その時、この炭酸飲料の重さはどうなるでしょう。

①ガスが抜ける=軽いものが抜ける⇒重くなる

②空気と同じような重さが抜けたのでほとんど影響がない⇒変わらない

③ガスが抜ける=物質が外に出た⇒軽くなる

この質問、昔私が中学生に予測させてみたものですが、回答結果は見事に三分の一ずつに分かれました。そこで、長い棒を天秤にして、まず2本の未開封の炭酸飲料を釣り合わせ、次に一方のふたを開けました。するとつり合いは大きく崩れ、開封したほうがかなり軽くなったことが証明されました。そこから、気体にも重さがある事が実感できます。つまり気体・液体・固体といった状態は関係なく、物質には重さがあるという原理を理解し、その新たなモデルが形成されれば、酸化銀を加熱分解すれば質量は減少、銅を空気中で加熱酸化すれば質量が増加することが予測でき、目に見えない化学変化の単元が容易に理解できるというわけです。

もちろん、小中学校で身に着けたメンタルモデルが正しいとは限りません。理解が深まればまた別のメンタルモデルで、より正確に物事が理解できるかもしれません。このように自分の頭の中でしか再現できない「メンタルモデル」のコレクションを増やすことで世界は広がっていくわけです。

【参考文献】

・D.Gentner et.al Mental Models Lawrence Erlbaum Associates 1983

・J.S.ブルーナ 教育の過程 岩波書店 1963

・日本教育工学会編 『教育工学事典』 実教出版 2000

・日本教育工学会編 教育経営研究の軌跡と展望 ぎょうせい 1986

・芳賀準・子安増生(編) メタファーの心理学 誠信書房 1990

<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>

【フリステWalker 第136号(2020.2月)掲載】