2021/06/07

藤山正彦のぷち教育学【近年の研究より From the latest study】

 今まで紹介してきたように、一言で教育学といっても守備範囲は大変広く、様々な角度から研究されている分野なのですが、ある人から「特に先進国で学校制度が確立してから100年以上経った今、先生と生徒の関係を扱う教育学って、新たに研究することはあまり残ってないんじゃないの?」といった素直な疑問が寄せられました。確かに小欄でも結構昔の学説も紹介させていただいたのですが、そこで教育学が止まっているわけではありません。

 というわけで、今回は7年ほど前の教育学の学術雑誌から、面白そうなものをいくつかご紹介差し上げます。

一問一答式eラーニングにおける学習者同士のつながる仕組みが学習者の学習量推移に与える効果

 「eラーニング」とはタブレットなどの情報端末を利用した学習システムで、一問一答のような学習に向いているとされていますが、このような10年前には普及していなかった分野についての研究は日々進んでいます。

 日本教育工学会の学会誌に掲載された論文はそのeラーニングに関する研究です。岡山大学の二人の大学院生が書いた18ページにわたる論文を、著者が見たら嘆かれるかもしれませんが、簡単にまとめてみます。(かっこの中は私のつぶやきだと思ってお読みください。)

 

eラーニングは、学習が継続されにくいという問題点がある。
(確かにニンテンドーのDSを使った学習ソフトがありましたが、最近見ませんね。やっぱり子供はすぐに飽きてしまうのか。)

集団での学習形態だと学習者の動機が高まる。
(以前小欄でも書きましたが、集団で自習させることで能率を上げている学校もあります。)

そこで、ネットワーク上でログイン中の他のユーザー情報を表示し、それぞれが投稿(つまりチャット)することが出来るようにした学習画面を使った集団(繋がり学習条件)と、自分の情報しか表示されていない画面で学習した集団(単独学習条件)で、学習の継続率に違いがあるか調べたものである。
(ゲームに例えると、一方はネットゲーム、他方は今までのゲーム機と同じようなソフトとユーザーだけの関係だとご理解ください。)

 

(さて、ここまでお読みの皆様は、結論が想像できたのではないでしょうか。そりゃ人とつながっているシステムの方が長続きするだろう、と。確かにそれは正解なのですが、それだと論文としての価値があまりありません。)

 

結果① 繋がり学習条件の方が単独学習条件より日数の経過につれての学習量の減少は緩やかであった。(つまり飽きる割合が少ない、という事です。予想通りですね。)

結果② しかし、繋がり学習条件でも学習量が減少する事は避けられない。(程度の差はあるが、どちらにせよeラーニングは学習者にとって飽きられやすい、ということです。)

さらに、ここから問題点も見つかります。

課題① 学習量をログイン回数で計測したが、繋がり学習条件の場合は「チャット」をしながらの分散学習(一度に集中して行わず、時間を数回に分けて行う学習)なので、学習効果が高い可能性がある。
(ひたすら勉強するよりも、適度に息抜きした方が効果的、というわけですかね。)

課題② 一方繋がり学習条件でのチャットは日本語での雑談に発展するケースも多く、外国語能力は伸びない可能性もある。
(そりゃあ、そうでしょう)

 というわけで、効果を上げるためには繋がり学習条件を準備するだけでも不十分で、その中身の検証がもっと必要だ、といった内容でした。そういった意味で、昨年春のコロナ休校期間に、動画コンテンツを利用した学校と、双方向オンライン授業をメインに行った学校がありましたが、動画コンテンツ視聴型は基本的に単独学習条件ですので、生徒にとっては厳しかったかもしれません。

電車環境下で想定される情報の介入が学習に与える影響

 首都大学東京大学教育センター、放送大学、東京工業大学のチームによって書かれた論文も面白い内容です。まず、標題を平たく言いかえると、「電車に乗りながらスマホで学習用動画を見る時、邪魔になるのは何でしょう?」という研究です。

 

実際の電車だと、予測できない邪魔が色々入ってきますので、実験は室内で行います。そこで大学生24人にiPod Touchを使って学習動画を見てもらいます。その途中で「EU加盟国は?」といった関係ない情報を、前のディスプレイでの映像か音声で与えその正解を挙手で表す、といった邪魔を入れながら学習させ、学習した内容のテストをするといった実験です。(図1)

ぷち教育学(図1).jpg

 

結果① 邪魔を入れなかった場合より、明らかに邪魔を入れた方が学習効果は下がる。

結果② 映像で邪魔されるより、音声で邪魔された方が煩わしく感じる。

結果③ 深い理解が必要な問題ほど、邪魔に影響されやすかった。

 

そこから、モバイル機器を使った学習コンテンツを開発するときには、映像中心にしつつ、音声を含むもので(つまりイヤホンをさせて)深い理解が必要なく、記憶や反射的な反応を求められるものが効果的だと結論付けられました。これは今のところ放送大学のコンテンツ作成を想定したものだと思われますが、今後生涯学習に向けて大学も変わっていく必要があり、そのための材料ともなる大きな成果だと思います。

 このように技術的に新しく登場したデバイス(装置)を教育に応用するときの方法についての開発も日々行われています。

 一方、旧来の授業に関する研究も進んでいます。

高校英語における予習および授業中の方略使用とその関連

 日本大学の先生による、この論文ですが、高校では先生が「単語の意味を調べておく」「英文を訳してくる」といった予習を推奨しています。それ自体は確かに英語の学習となりますが、その予習が学校の授業での学習にどのように役立っているのかを明らかにした論文です。

 

実際の公立高校5校、私立高校1校の生徒985名、英語教師15名に協力してもらった大規模な調査研究で、生徒には学習動機や予習方法、授業の受け方を、先生にはどのような予習を指示したか、や授業の進め方にどのような要素を加えているかをアンケート調査し、それを掛け合わせたものです。すると・・・

 

結果① 授業で文章全体の構造の解説を行う先生の授業に対しては、単語の訳を調べてくる生徒が減る。逆に単語の成り立ちや、同義語・類義語など単語に着目した解説をする先生の授業に対しては、単語を調べてくる生徒が増える。

結果② 授業中に生徒を指名する先生の授業では、予習してくる生徒が増える。

結果③ 文章の構造解説や単語解説、指名が多い先生の授業では、メモを取る生徒が多い。

 

というものですが、膨大なアンケートを数学的に処理して相関を取ったこの論文は説得力も高く、英語の先生の勘と経験による「名人芸」の部分を多少なりとも明らかにしたという点で、今後の英語教育の大きな一助となると思われます。

大学の教育学の先生は、教員養成の授業をしているだけではなく、このような研究もなさっています。マスコミに紹介されるような新発見や新発明が無いという意味では地味な分野とも言えますが、その成果は現場に利用され、多くの子供たちに影響を与えているのです。

 

参考文献

澤山郁夫 寺澤孝文 「一問一答式eラーニングにおける学習者動詞のつながる仕組みが学習者の学習量推移に与える効果」 日本教育工学会論文誌 38(1) 2014
渡辺雄貴 加藤浩 西原明法「電車環境下で想定される情報の介入が学習に与える影響」日本教育工学会論文誌 38(1) 2014
篠ケ谷圭太「高校英語における予習および授業中の方略使用とその関連」教育心理学研究第62巻第3号 2014