2021/07/05

藤山正彦のぷち教育学【最新の研究より(コロナ禍における中学生の学習)】

まだまだ予断を許さないコロナ禍ですが、いつの間にか広まった「ソーシャル・ディスタンス」という言葉は実は文化人類学用語だったという事をご存じだったでしょうか。

アメリカの文化人類学者 エドワード ホール(1914-2009)は相手との対人距離を以下の4つに分類しました。

・密接距離 (intimate distance)15~45cm=母親と赤ん坊、恋人同士など、相手の身体に容易に触れることができる距離
・個人的距離(personal space)45~1.2m=相手の気持ちを察しながら、または気持ちを相手に察しられてもよい親しい友人や恋人、家族との距離
・社会的距離(social distance)1.2m~3.6m=知らない相手や公的な場面で会話する場面など相手に手が届かない安心できる距離
・公衆距離(public distance)3.6m~=集会や講演会など、自分と相手の関係が1対1の個人的な関係ではない場合の距離

この中の社会的距離の45cm1.2mというのが、直接飛沫感染の恐れのある12m以内に近いのでこの言葉が使われるようになったようです。まさかホール教授は自分の作った言葉が今日こんな形で広がるとは思っていなかったことでしょう。

それはさておき、新型コロナウイルス感染症(covid19)の影響も2年目に入り、教育に対する影響を検証した研究も見られるようになってきました。突然、社会環境が変わり、ついには学校が一斉休校になってしまった中で、子どもはどのような影響を受けたのでしょうか。

「コロナ禍における中学生の学習休校は家庭環境における教育格差を広げたか
木村治生(ベネッセ教育総合研究所)

全国の中学生に対する標本調査(有効回答数2,182名)を元にした分析資料です。家庭の社会的経済的地位(SES)(表1)も加えた、通常期と休校期の状況をデータ化したものです。

ぷち_表1.jpg

生活時間の違い

まず生活時間の違いについてです。(表2

確かに部活動はほとんど休止状態で、一部の私学がオンラインでミーティングをしていた程度ですから平均73.7分から6.1分に激減しているわけですが、その分睡眠時間が増えているという事は、部活のために中学生は無理していたの?と思ったりします。休校期間中は家でゲーム三昧になっていたとの説がありますが、「ゲーム」+「マンガや雑誌」で35.2分しか増加していませんので、それほどゲームにのめりこんでいたわけではなさそうです。むしろ「テレビやDVD」が31.6分伸びていますので、家でゆっくりと過ごしている姿が目に浮かびます。

ぷち_表2.jpg

休校中の宿題以外の学習内容

休校中の宿題以外の学習内容については以下の通りです(表4

「学習塾教材」33.3%、「通信教育教材」29.5%、「ICT教材」32.2%とほぼ三分されています。通信教育の紙の教材(おそらくは進研ゼミ)とスマートフォンやタブレットの学習アプリがほぼ同じ割合になっているのは、家庭でも急速にICT化が進んだことを物語っています。

さて、なるほど、ここまでなら大学の研究チームでも同じような調査ができると思いますが、最初に書いたように家庭の社会的経済的地位(SES)(表1)との相関を求めているところがこの研究の企業らしいところです。

ぷち_表4_ページ_1.jpg

学習時間の変化

まず学習時間の変化についてです。同じく単位は一日平均の時間(分)です。

ぷち_表5.jpg

学校の宿題に関して、H層が大きく増えているのは、私学に通っている割合が高いのではないかと考えられます。しかし、ご覧のようにLUM層に関しては、いずれの平均時間はほぼ差が無いように感じられます。父親の学歴が子どもの進学意欲に影響を及ぼすとの都市伝説もありますが、少なくともこの調査からはその差は感じられません。

但し、インターネットの利用に関しては、もちろんH層の私学率の高さも影響していますが、家庭環境の違いが数値となって表れています。

インターネットの利用

まず休校中の宿題(表6

ぷち_表6.jpg

「インターネットでの映像授業(授業の動画)を見る」ではL層とH層で2倍近い開きがあります。「インターネット(オンライン)で対面式の授業を受ける」ではさらに差が開いています。

ぷち_表7.jpg

これに関しては個人の心がけというより、学校がその対応を行っているか、という事で影響を受けますので、今後公立の学校にも頑張っていただきたいところです。

20203月、一斉休校期間中に入ったある週末、私は書店の学習参考書コーナーで異様な光景を見ました。何と漢字ドリルと計算ドリルが売り切れているのです。また、とあるハンバーガー店に入ると、客席では若いお母さんが小学生低学年の子どもに計算ドリルをさせていました。当たり前だった学校教育が突然止まったことに対して、何とか子どもの学力は維持したいという保護者の思いを目の当たりにし、思わず涙がこぼれました。

この論文では休校によるマイナスを小さくできる家庭とできない家庭があることを指摘していますが、子どもは教科の知識や技能だけではなく、特別活動や部活動、友だちとの協働など多様な学びによって多面的に成長していくものです。私自身、とある公立高校の部活動の指導をボランティアで行っていますが、生徒達の自主的な工夫によりスケジュールの共有やミーティングはスマホアプリを活用し、webを利用した活動発表を行うなどICTを活用した活動を実現しています。このような活動についてのノウハウも今後共有できるような研究も たれます。

参考文献

Edward Twitchell Hall "The Hidden Dimension" Garden City, N.Y., Doubleday, 1966
(日本語訳『かくれた次元』日高敏隆・佐藤信行共訳、みすず書房、1970
 
木村治生「コロナ禍における中学生の学習-休校は家庭環境における教育格差を広げたか」チャイルドサイエンス 2021年第21号 20213月 日本子ども学会

<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>