2021/10/11

藤山正彦のぷち教育学【適性処遇交互作用 Aptitude Treatment Interaction (ATI)】

 学習者の適性、すなわち個人的特性(学習者特性)と教育的処遇、すなわち教え手(教育方法)との交互作用を適性処遇交互作用(ATI)と呼びます。簡単に言うと、学習成果というのは生徒と教え手両方の作用で決まる、という考え方です。例えば対人積極性が高い生徒は直接生身の先生が教えると効果が高く、逆に対人積極性が低い生徒は映像授業の方が効果的だという実験結果(Snow et al., 1965)もあります。このように複数の学習者にとって良い授業を考えるのではなく個人に向けた最適なプログラムを提供したほうが良い、というのは学校教育(集団授業)を前提とした授業研究からは生まれなかったのですが、個別指導が盛んになった今日、こちらの研究も進んできました。まずどのような考えで「最適」を考えるのか、から説明します。それについての以下の三つのモデルを紹介します。

①補償モデル=学習者の弱点を補うために、最も適した教え方を採用しようというモデル。その子が不得意な部分を避けて弱点が不利に働かないようにする考え方です。例えば小学校内容の分数や小数の計算が不得意だった中学1年生に、1次方程式を導入するときには、係数に分数や小数が入らないような例題を示す、といった方法です。

②治療モデル=学習者の弱点を治療するために、最も適した方法を提供しようというモデル。先の例でいえば、前もって、小学校内容の分数や小数の復習を行い、それを宿題などで練習させ、その計算がストレスなく行えるようにしておいてから方程式の導入をするといった方法です。

③特恵モデル=学習者の優れた点、特異な部分を活用するために適した教え方を採用しようというモデル。再び同じ例で説明すると、方程式を時間の逆回しで解く方法(小学生算数でいう「還元算」)で理解している生徒や、近い値をあてはめて当てていくという方法を取る生徒には、その方法を尊重しつつ、両辺に文字式を含んだ方程式(時間の逆回しでは解けない)の処理方法や「あてはめ」では非能率だという例を見せて、移項の方法を順次教えていく、といった方法です。ちなみに年齢に関する文章題で子どもの年齢が出てくる場合、多くは当該学年の年齢が正解になる場合が多いので、自分の年齢を書いたら当たる、という困ったときの裏技(?)もあります。もちろん邪道ですが、計算した答えが常識的な数値になっているかどうかを検証する時には大切ですので、勘であてはめるのを頭から否定してはいけません。

 実際の指導場面では集団授業では①の考え方の授業が多く、個別指導では②のタイプが多いと思いますが、時間的に制約等によって、2つ以上の事を伝えると混乱しそうな時は①を使う場面もあります。不得意意識が強い生徒には③の方法で、さしあたり解けることを実感させて先に進めていくという方法もあります。もちろん同じような学力でも、生徒は一人一人性格が違いますので、どのモデルを使って指導するのかというのは生徒を見てから変わってくることになります。つまり生徒を一人ずつ見て、その違いを認識するのが必要だということになります。

 因みに別の視点として、学習者を視覚型(visual)、聴覚型(auditory)、運動型(kinesthetic modalitiies)に分類するという考え方もあります。視覚型の学習者は本、黒板、映像教材を用いて、文字や図表などの視覚情報を介しての学習を、聴覚型学習者は、内容を耳で聞く、またはクラスメイトとディスカッシヨンなど口頭による学習を好む傾向にあります。また運動型学習者は、実物教材の使用や体験型の学習のように身体を動かして体験する学習を好みます。しかし、大人が日常のニュースを得る方法を例にとると、新聞の方が早く自分に必要な情報を探索できるから好き、ラジオの方が車の運転など他の事をしながら聞けるから使いやすい、ネットの動画ニュースはいち早く情報にアクセスでき、自分の都合の良い時間帯に検索して視聴できるから便利、などと生活スタイルや場面に応じて様々な「好み」が変化します。このように学習者のスタイルを固定的に考えるべきでない、というのが今の主流です。

いずれにせよ学習者の認知スタイルを知ることは重要なのですが、教える側が教える方法を複数持っていないと意味がありません。つまり教える側は当然複数の認知スタイルや特性に応じた教え方を準備しておかなくてはいけません。従って先生としては個別指導と集団授業では違った準備が必要になるという訳です。

 一方、あまりに生徒の類型を細かく取りすぎると、すべての類型に合わせた方略を準備するのが困難になります。そこでフリーステップ・ソフィアでは、先生と生徒を可能な範囲で固定的に設定し、生徒と先生が一緒に学びを作り上げるという「協同学習」という考え方も併せて取り入れ、より効果的な指導形態を作り上げています。

参考文献

Cronbach,L.J., How can instruction be adapted to individual differences? Charles Merrill,1967

Snow.R.E.,Tiffin,J.&Seibert,W. Individual differences and instructional film effect.J.educ.Psychol.,56 1965

内山喜久雄『EQ、その潜在力の伸ばし方』 講談社 1997

『講座心理学9 知能』 肥田野直編、東京大学出版会、1970

<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>