2020/07/06

藤山正彦のぷち教育学【最新の研究より】

こんにちは。藤山です。教育に関するお話をしていきます。
今回は、最新の研究についてお送りします。

新学年がスタートしましたが、お子様方のご様子は如何でしょうか。特に新たに入学されたお子様は大きな環境の変化で不安を感じている方もいらっしゃると思います。そのようなときに心の支えになってあげられるのは教育を専門とする私たち、と言いたいところですが、保護者の皆さんにかなうはずはありません。

牧郁子

保護者との情動交流が小学生の無気力に与える影響

ー構造方程式モデルによる分析ー

大阪教育大学の牧郁子教授によるこの研究は、大阪・滋賀の小学生4年〜6年生1556名を対象にしたアンケート調査による結構規模の大きな調査に基づいています。子どもは学校などでうまくいったときやうれしいことがあったときには、おうちの人に細かく報告するものですが、その逆の状況のとき、保護者の反応によって子どもは無気力になってしまうかもしれない、というのを確かめようとした研究です。

まず、子どもに、保護者(質問紙の中では「おうちの人」と書いてあります)と、どの程度日常的に交流があるか、気持ちを聞いてくれるか、等を聞いておきます。様々な状況を前提とした内容によるアンケートによると、良いことがあったとき(「ポジティブ情動」と表記)は良好な送受信が行われています。これは予想通りの結果です。しかし、悪いことがあった・またはうまくいかなかったとき(「ネガティブ情動」と表記)の場合は子どもの送信と、保護者の受信が異なった傾向になります。つまり、ネガティブなことを子どもが発信した時、聞いてくれる保護者と聞いてくれない保護者(あくまでも子どもの目線からの判断ですが)がいるということです。

次は、子どもの心の強さというか、困難さに対して対応する気持ちをアンケートで点数化しています。たとえば「習いごとやクラブ活動でうまくいかなくても、努力できる」とか「勉強でわからないところがあったら、人に聞いたり調べることができる」など、前向きな対処ができるかどうか聞いたもの(「コーピングエフィカシー」=(ストレス事態における対処行動への自信)と、その逆の考え方、たとえば「今から勉強しても無駄だ」「大人のいうことは信用できない」「大人は子どものことを考えてくれない」など、あきらめの気持ちを「思考の偏り」という尺度で表しました。

さらに、子どもの無気力(将来への展望の欠如や、学習不適応感、身体的不完全など)を点数化し、(このアンケート項目は25年前に千葉大学の笠井孝久准教授が作成し、学会発表したものを利用)それらの結果と、各項目の相関を表したのがパス図(Figre1)です。

■パス図Figure1.jpg

パス図の見方を説明しますと、矢印で結ばれている項目には関係がある、という意味で、その横の数字は相関係数を表しています。係数1=完全相関(たとえば同じ高さの長方形の横の長さと面積の関係)、係数0=無関係(たとえばさいころで出た目の数とその日の気温)、の間で表現する数値ですので、1の位の0は省略して小数点以下のみ表記する習慣です。マイナスが付いているのは逆相関、(足の筋肉量と短距離走のタイムのように一方が増えると一方が減るという関係)という関係を表し、「ネガティブ情動の保護者受信」(ネガティブな子どもからの話を保護者が聞いている程度)と「思考の偏り」の間の矢印にマイナス.15とあるのは、保護者が子どもの話を聞けば、思考の偏り(あきらめの感情)は減る、という意味になります。

そこで、この図をよく見てみると、ポジティブなときは送受信が一致するので一つの項目になっていますが、そこから「随伴経験」=一緒に喜んでくれた、などと経験につながる一方、無気力感とは逆相関、つまり、一緒に喜んでくれれば無気力感が無くなる、と示しています。さらに「コーピングエフィカシー」にも正の矢印、つまりストレス耐性も強くなって、無気力感を跳ね返していることがわかります。

一方、ネガティブ情動の保護者受信から出ている矢印は、保護者が話を聞いてくれるとストレス耐性が強くなり、聞かなければあきらめの気持ちが強くなり、そのまま無気力感につながる、と示されています。今回の研究では保護者が話を聞いてくれるかどうかは子どものアンケートから判断していますので、実際の保護者の対応と異なるかもしれませんが、ネガティブなときは保護者が聞いてくれないというより、子ども自身が話しにくい、という部分も含まれているとすれば、それまでの保護者の対応に問題(例えば、失敗したことを報告したらひどく叱られて、次から報告し辛くなったなど)があったとも考えられます。

すいぶん昔の話ですが、「おたくの生徒の物と思われるテストの答案がごみ箱に捨てられているのですが・・・」とJRの駅員さんから電話をいただいたことがあります。点数が悪いテストを家に持ち帰れず、かといって塾で捨てればばれるので、駅のごみ箱に捨てたのでしょう。すぐに回収して、しわを伸ばして後日生徒返却し、事の顛末をおうちの方に報告しました。因みにおうちの方は大変温厚な方で子どもさんを追い込むようなタイプではないのですが、子どもにとっては保護者の些細な言動が大きく感じられたのでしょうか。または保護者の落胆や不安になる姿を見たくなかったのでしょうか。ともかくこの事件の後はおうちでのコミュニケーションも増えたようで、そのお子さんもそれからは前向きに頑張って第一志望の私立中学校に無事合格しました。JRに感謝です。

それはさておき、今回の研究は小学生対象ですので周りの大人=おうちの人、として調査したわけですが、保護者だけでなく、周りの大人も含めて子どもさんがネガティブな状態になったときの反応が大切なのだなと考えさせられる研究なのでした。

【参考文献】

・笠井孝久・村松健司・保坂亨・三浦香苗「小学生・中学生の無気力感とその関連要因」
 教育心理学研究 第43号第4号 日本教育心理学会 1995

・牧郁子「保護者との情動交流が小学生の無気力に与える影響-構造方程式モデルによる分析-」
 教育心理学研究 第67号第4巻 日本教育心理学会 2019

・日本教育工学会編 『教育工学事典』 実教出版 2000

・日本教育工学会編 教育経営研究の軌跡と展望 ぎょうせい 1986

<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>

【フリステWalker 第139号(2020.5月)掲載】