2022/02/07

藤山正彦のぷち教育学【国語力 The language ability】

「国語力」とは

国語力はすべての学力の元となる力ですから大切です。2022年度の大学入学共通テストの数学は、設問の文字数の多さもあって、史上最低の平均点になりそうですが、このように国語力はどの教科・科目でも必要ですし、社会に出て日常生活を送る上ではさらに重要な要素となります。場合によってはあいまいに使われる「国語力」という言葉ですが、文部科学省はこの「国語力」を次のように説明しています。

  

まず、個人にとって国語の役割とは

①知的活動の基盤を成す

②感性・情緒等の基盤を成す

③コミュニケーション能力の基盤を成す

ものであり、

国語力を、

①考える力,感じる力,想像する力,表す力から成る,言語を中心とした情報を処理・操作する領域

②考える力や,表す力などを支え,その基盤となる「国語の知識」や「教養・価値観・感性等」の領域

の二つに分け、その①の内容はそれぞれ詳しく以下のように説明しています。

 

【考える力】とは,分析力,論理構築力などを含む,論理的思考力である。

【感じる力】とは,相手の気持ちや文学作品の内容・表現,自然や人間に関する事実などを感じ取ったり,感動したりできる情緒力である。また,美的感性,もののあわれ,名誉や恥といった社会的・文化的な価値にかかわる感性・情緒を自らのものとして受け止め,理解できるのも,この情緒力による。

【想像する力】とは,経験していない事柄や現実には存在していない事柄などをこうではないかと推し量り,頭の中でそのイメージを自由に思い描くことのできる力である。また,相手の表情や態度から,言葉に表れていない言外の思いを察することができるのも,この能力である。

【表す力】とは,考え,感じ,想像したことを表すために必要な表現力であり,分析力や論理構築力を用いて組み立てた自分の考えや思いなどを具体的な発言や文章として,相手や場面に配慮しつつ展開していける能力である。

 

②は具体的に

語彙(個人が身に付けている言葉の総体)

表記に関する知識(漢字や仮名遣い,句読点の使い方等)

文法に関する知識(言葉の決まりや働き等)

内容構成に関する知識(文章の組立て方等)

表現に関する知識(言葉遣いや文体・修辞法等)

その他の国語にかかわる知識(ことわざや慣用句の意味等)

などを例に出して、説明しています。

学校の教科書はこのような知見にもとづいて、小学校ではどちらかといえば①の領域に、高等学校では③の領域に重心を置いた構成になっています。

 

国語を「技能」の一つととらえる考え方もあります。たとえば国語力とは「言いかえる力」「くらべる力」「たどる力」なので、この練習をすれば国語力が上がる、という考え方です。国語力を教える立場の人にとっては、具体的に授業内の発問に繋げることができるのでわかりやすい考えだと思います。たしかに先に述べた文部科学省の考え方①の領域は「情報処理・操作」ですから学習で上達すると考えられます。

 

発達心理の分野では

一方発達心理の分野では、言語能力(国語力)を列挙・叙述・解釈3段階に分けて考えています。たとえば、下のイラストを見て、状況を表現させてみましょう。

言葉を覚えたばかりの幼児は「ねこ」「ねずみ」と見えたものを「列挙」し、小学校低学年では「ねこがねずみを追いかけている。」と「叙述」し、高学年ともなれば「ねこがねずみにからかわれて、腹を立てながら追いかけている。」「実はこのねずみ、ねこに追いつかれない自信が有るので、からかいながら逃げている」などと、心情や前後まで想像して語れるようになると「解釈」するというわけです。「田中ビネー」という知能検査はこういった能力から精神の発達度を測ろうとするものです。

ぷち教育学_国語力.png

この考えは、精神の発達度を知るために国語力を使うというものですので、ここでは練習や努力でその能力を変えることを前提としていません。

 

【実践】「スキーマ」を利用した文章の解釈

文章を解釈するためには、単語の知識や精神年齢が必要ではありますが、「スキーマ」といわれる枠組みを利用して、付随する他の情報を繋げることも重要です。

まず次の文章を読んでみてください。

 

「男は鏡の前に立ち、髪をとかした。そり残しは無いかと丹念に顔をチェックし、地味なネクタイを締めた。朝食の席で新聞を丹念に読み、コーヒーを読みながら妻と洗濯機を買うかどうかについて議論した。それから、何本か電話をかけた。家を出ながら子どもたちは夏のキャンプにまた行きたがるだろうなと考えた。車が動かなかったので、降りてドアをバタンと閉め、腹立たしい気分でバス停にむかって歩いた。今や彼は遅れていた。」

 

では、ここで、この男を「失業者」だとして、もう一度この文書を読んでみてください・・・。

 

如何でしょうか。地味なネクタイは面接用でしょうか。新聞は求人欄でしょうか。電話はそれを見て面接のアポイントを取る為でしょうか。洗濯機や子どもの夏のキャンプといったお金が必要になる話も、わびしさが漂ってきます。バス停にむかって歩く場面では、何度も面接に失敗した不器用な男の後姿が見えてきます。

 

次に、これを「やり手の証券マン」だとして、さらにもう一度先の文章を読んでみましょう・・・。

 

次は如何でしょうか。まず、同じ記述なのに動きの速さが違います。ネクタイはいつものお仕事用。新聞も株式欄や経済欄をすばやく「丹念に」チェックし、電話も取引の為の電話でしょう。洗濯機の話も、洗濯機を最新型にしたがる妻に「まだ使えるんじゃないの?もったいないよ」などと話しかけ、車が不調だったことから、「車も買い換えたいけど、奥さんの同意を得るために、まず洗濯機を買おうかな。」などと考えながら、バス通りではタクシーを捕まえるつもりで周りを見回しています。

 

 同じ文章なのに、前提条件で解釈や情景が変わってしまいました。つまり単語の集合である文章の意味を積み上げれば解釈になるのではなく、他の情報を元に、ここでは主人公の設定と、その設定から読む人の頭の中の知識(失業者=お金が無い・新聞で見るのは求人欄など)から、文章の意味が頭の中で再構成されているわけです。ということは、文部科学省の引用の中の「教養・価値観・感性等」の領域とは、言語に関する知識だけではなく、教養、人生経験など、年数や環境からも影響が与えられるものです。しかし、ここで自分の経験が邪魔をするケースを紹介しましょう。

 

 ちょっと季節はずれですが「おぼろ月夜」という小学校唱歌の歌詞です。

菜の花畑に 入り日うすれ 見わたす山のは かすみふかし
春風そよふく 空を見れば 夕月かかりて においあわし  (作詞 高野辰之)

頭の中で歌った皆様、ご苦労様でした。やまのは→山の端、かすみふかし→霞深し、と順調に漢字変換してこの歌詞に歌われている状況がおわかりいただけたと思います。で、最後の「においあわし」はどのような漢字を当て、景色を想像したでしょうか。夕方の月が見えて、匂い(「臭い」はちょっと違いますよね)が淡し(薄くなった)ということでしょうか。しかし、その前に空を見ています。鼻の穴が上向いて、匂いが感じにくくなった・・・?なんだか一気に興ざめです。実はここの、匂い=香り、ではなく、本来は「色」をさす意味があるそうで、春霞の中で黄色く光っている月(の色)が少しぼやけている(淡い)と解釈するべきだそうです。因みに菜の花は、元からほとんど香りはしません。(むしろほのかに臭い。)国語は何を勉強していいのかわからないという話も聞きますが、この例のように、自分の「内的辞書」に正確な言語知識を入れておくことで事柄が正確に理解できます、というお話でした。

 

秋田喜代美 読む心・書く心 北大路書房2002

Bransford,J.D.and Johnson,M.K Considerations of some problems of comprehension. Academic Press1973

文部科学省文化審議会 「これからの時代に求められる国語力について」平成16年2月3日

西林克彦 わかったつもり 読解力がつかない本当の原因 光文社 2005

「大辞林」(第三版)三省堂 2006

「教育工学事典」実教出版 2000

「新教育学大辞典」第一法規出版1990

<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>