2025/09/08
藤山正彦のぷち教育学【国語力The language ability】
「国語力はすべての学力の元となる力ですから大切です。」といった国語の重要性を訴える文章が学習塾の広告などに見られますので、国語力という言葉は「受験力」と同じように曖昧な言葉なのか、と思われがちですが、文部科学省はこの「国語力」について次のように説明しています。
まず、個人にとって国語の役割とは
①知的活動の基盤を成す
②感性・情緒等の基盤を成す
③コミュニケーション能力の基盤を成す
とされています。また、領域としては以下の二つに分ける考え方です。
(1)考える力、感じる力、想像する力、表す力から成る、言語を中心とした情報を処理・操作する領域
(2)考える力や、表す力などを支え、その基盤となる「国語の知識」や「教養・価値観・感性等」の領域
さらに、(1)の内容についてはそれぞれ詳しく以下のように説明しています。
【考える力】とは、分析力、論理構築力などを含む、論理的思考力である。
【感じる力】とは、相手の気持ちや文学作品の内容・表現、自然や人間に関する事実などを感じ取ったり、感動したりできる情緒力である。また、美的感性、もののあわれ、名誉や恥といった社会的・文化的な価値にかかわる感性・情緒を自らのものとして受け止め、理解できるのも、この情緒力による。
【想像する力】とは、経験していない事柄や現実には存在していない事柄などをこうではないかと推し量り、頭の中でそのイメージを自由に思い描くことのできる力である。また、相手の表情や態度から、言葉に表れていない言外の思いを察することができるのも、この能力である。
【表す力】とは、考え、感じ、想像したことを表すために必要な表現力であり、分析力や論理構築力を用いて組み立てた自分の考えや思いなどを具体的な発言や文章として、相手や場面に配慮しつつ展開していける能力である。
(2)の知識の領域は具体的に
【語彙】(個人が身につけている言葉の総体)
【表記に関する知識】(漢字や仮名遣い、句読点の使い方等)
【文法に関する知識】(言葉の決まりや働き等)
【内容構成に関する知識】(文章の組立て方等)
【表現に関する知識】(言葉遣いや文体・修辞法等)
【その他の国語にかかわる知識】(ことわざや慣用句の意味等)
などを例に出して、説明しています。
学校の教科書はこのような知見に基づいて、小学校では①の領域に、高等学校では③の領域に重心を置いた構成になっています。
国語を「技能」ととらえる考え方もあります。たとえば国語力とは「言いかえる力」「くらべる力」「たどる力」なので、この練習をすれば国語力が上がる、という考え方です。教える立場の教師にとっては、具体的に授業内の発問に繋げることができるのでわかりやすい考えだと思います。先の文部科学省の(1)の領域は学習で上達すると考えられます。
一方、発達心理の分野では、言語能力(国語力)を列挙・叙述・解釈の3段階に分けて考えています。例えば、次のイラストを見て、状況を表現する事を考えてみます。
言葉を覚えたばかりの幼児は「ねこ」「ねずみ」と見えたものを「列挙」し、小学校低学年では「ねこがねずみを追いかけている。」と「叙述」し、高学年ともなれば「ねこがねずみにからかわれて、腹を立てながら追いかけている。」「実はこのねずみ、ねこに追いつかれない自信が有るので、からかいながら逃げている」などと、心情や前後まで想像して語る「解釈」をするというものです。「田中・ビネー」という知能検査はこういった能力から精神の発達度を測ろうとするものです。つまりここでは、精神の発達度を測定するために国語力を見る、という考え方になります。
国語の読解力については、言葉の知識の積み上げだけではなく、スキーマ(枠組み)によって読み手の解釈が変わることを、ここで体験していただきます。
次の文章を読んでみてください。
「男は鏡の前に立ち、髪をとかした。そり残しは無いかと丹念に顔をチェックし、地味なネクタイを締めた。朝食の席で新聞を丹念に読み、コーヒーを飲みながら妻と洗濯機を買うかどうかについて議論した。それから、何本か電話をかけた。家を出ながら子どもたちは夏のキャンプにまた行きたがるだろうなと考えた。車が動かなかったので、降りてドアをバタンと閉め、腹立たしい気分でバス停にむかって歩いた。今や彼は遅れていた。」
さて、ここで、この男を「失業者」だとして、もう一度この文書を読んでみてください...。如何でしょうか。地味なネクタイは面接用でしょうか。新聞は求人欄でしょうか。電話はそれを見て面接のアポイントを取る為でしょうか。洗濯機や子どもの夏のキャンプといったお金が必要になる話も、わびしさが漂ってきます。バス停にむかって歩く場面では、何度も面接に失敗した不器用な男の後姿が見えてきます。
次に、これを「やり手の証券マン」だとして、さらにもう一度先の文章を読んでみましょう...。
如何でしょうか。まず、同じ記述なのに動きの速さが違います。ネクタイはいつものお仕事用。新聞も株式欄や経済欄をすばやく「丹念に」チェックし、電話も取引の為の電話でしょう。洗濯機の話も、洗濯機を最新型にしたがる妻に「まだ使えるんじゃないの?もったいないよ」などと話しかけ、車が不調だったことから、「車も買い換えたいけど、奥さんの同意を得るために、まず洗濯機を買おうかな。」などと考えながら、バス通りではタクシーを捕まえるつもりで周りを見回しています。
と、このように、同じ文章でも前提条件や設定で解釈や情景が変わってしまいました。つまり単語の集合である文章の意味を積み上げれば解釈になるのではなく、他の情報を元に、ここでは主人公の設定と、その設定から読む人の頭の中の知識(失業者=お金が無い・新聞で見るのは求人欄など)から、文章の意味が頭の中で再構成されているわけです。ということは、文部科学省の引用の中の「教養・価値観・感性等」の領域とは、言語に関する知識だけでなく、教養、人生経験など、年数や環境からも影響が与えられるものです。最後に私の個人的な勘違い(?)が解釈の邪魔をするケースを紹介しましょう。
ちょっと季節的にはずれていますが、「おぼろ月夜」という小学校唱歌の歌詞を読んでみて下さい。
菜の花畑に 入り日うすれ 見わたすやまのは かすみふかし
春風そよふく 空を見れば 夕月かかりて においあわし (作詞 高野辰之)
旋律が浮かび、頭の中で歌った方もおられたでしょう。やまのは→山の端、かすみふかし→霞深し、と順調に漢字変換してこの歌詞に歌われている情景を思いうかべたことでしょう。で、最後の「においあわし」はどのような漢字を当て、景色を想像したでしょうか。夕方の月が見えて、匂い(「臭い」はちょっと違いますよね)が淡し(薄くなった)ということでしょうか。しかし、その前に空を見ています。鼻の穴が上向いて、匂いが感じにくくなった...?。なんだか一気に興ざめです。
実はこれは私の言葉の知識不足が原因による読み間違いなのです。ここの、匂い=香り、ではなく、本来は「色」をさす意味があり、春霞の中で黄色く光っている月(の輪郭)少しぼやけつつも美しく輝いている。という意味だそうです。この部分の解釈を「色美しく映える」とはっきり書いてある音楽の教科書もあります。因みに菜の花は、ほとんど香りはしません。(むしろほのかに臭い。)
国語という科目は何を勉強していいのかわからないという話も子ども達から聞きますが、ひとまず言語知識を増やすことが重要です。この例のように、自分の「内的辞書」に正確な言語知識を入れておかなければ誤解するというお話でした。
参考文献
・秋田喜代美 読む心・書く心 北大路書房2002
・Bransford,J.D.and Johnson,M.K Considerations of some problems of comprehension.
・Academic Press1973
・文部科学省文化審議会 「これからの時代に求められる国語力について」平成16年2月3日
・西林克彦 わかったつもり 読解力がつかない本当の原因 光文社 2005
・「大辞林」(第三版)三省堂 2006
・「教育工学事典」実教出版 2000
・「新教育学大辞典」第一法規出版1990
<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>