2022/06/06

藤山正彦のぷち教育学【学習塾 Cram school】

経済産業省による「特定サービス産業実態調査」(平成30年)という統計資料によりますと全国で46,734軒の学習塾に、小・中・高合わせて約312万人通っているそうです。特に都市部では学習塾の件数が多く、設置数のベストテンを挙げてみましたが、やはり学校が多く、受験における争いが激しい地域に多くなっています。

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ところで、子どもが学習する場であるという点では学校も塾も同じなのに、学習塾はあまり教育学の対象にされません。この10年間に教育学の分野で学習塾を題材に学術誌や紀要に登場した論文はわずか10件、この間に発表された教育に関する論文は約10万件ですので、割合にすると何と0.01%しかありません。(CiNiiNII学術情報ナビゲータ)調べ)しかも内容は建物としての学習塾や通塾している生徒の学習動機に関するものが大半で、カリキュラム論や教授法に言及しているものは1つしかありませんでした。つまり教育学を勉強しても学習塾についてはほとんど扱われることがないということになります。

学習塾と学校の関係 

 ところが、少し古くなりますが、1984年には文部科学省が「塾を中心とする児童・生徒の校外活動に関する実証的研究」として予算をつけ、国立教育研究所の研究員3名が首都圏の学習塾67件を対象に調査を行い、結果をまとめたものがありました。

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 まず、学習塾を4つに類型化しています。その4つというのは有名校受験を目的とした「進学塾」、学校の授業の補習を目的とした「補習塾」、進学コースと補習コースを併せ持つ「総合塾」、いわゆる落ちこぼれを対象とした「救済塾」、という思い切った分け方です。学習塾に直接アンケートで、お宅の塾はどれにあたりますが、と申告させたところ、約1/3が「救済塾だ」と答えています。

進学塾の半数以上が塾生数1000人以上のマンモス塾ですが、救済塾の半数は49名以下と、住み分けができていることがわかります。

ぷち教育学_3_教育責任・教育サービスについて_中学校教員.pngぷち教育学_4_教育責任・教育サービスについて_塾教員.png

 このように穏やかに始まったこの論文は、学校の先生と塾の先生の、学校と塾に対する見方の違いを明らかにしています。良く言えば、それぞれの職業に誇りと責任を持って取り組んでいるという事でしょうが、同じ子どもを教えているのに互いの活動をあまりにも評価していないように見えます。例えば最後の「教材を工夫」という部分では、それぞれ日々、十分な工夫を行っていると思うのですが、学校の先生は塾の工夫を39%、塾の先生は学校の工夫31.3%しか認めていないのが気にかかります。

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こちらのアンケートも互いに厳しい結果となっています。二つ目の「楽しそうに生活」の部分は、学校の先生の33.6%しか、塾で「楽しそうに生活」していないとしていますが、当時は学習塾が子どもを過度な競争に導いている、受験戦争は受験塾が仕掛けたものだ、といった批判もありましたので、子どもが楽しそうにしている姿を想像できなかったのかも知れません。最後の項目、「楽しい授業」という項目では、おそらくお互いの「楽しい」の定義が違うように思われます。学校での生徒同士が話し合いをしながらの調べ学習や、体育や音楽の時間も楽しそうに見えると思いますが、学習塾で学校では教わらなかった知識や工夫を教わったときのうれしそうな顔や、時間を区切った計算テストに取り組む、スポーツ感覚に近い気合の入った姿も楽しそうに見えるのです。

ぷち教育学_7_教員について_中学校教員.pngぷち教育学_6_教員について_塾教員.png

こちらの比較もなかなか辛辣です。互いの存在を、「熱心でない」「尊敬されていない」「真剣に心配していない」「子どもをよく理解していない」と考える傾向がある事が分かります。「子どものことを真剣に心配」の項目では学校の先生の何と95.9%が自分たちは心配しているとしているのに対し、塾の先生がそれを認めているのは50%に留まっており、とても深い溝を感じてしまいます。

 このままでは学校の先生と塾の先生が戦争になりそうな内容になってきましたが、この調査にはオチがついています。

子どもの意見を聞くと次のような結果になりました。

ぷち教育学_8_学校と塾の先生.png

つまり、学校の先生も塾の先生もどちらも熱心だし、気軽に話せるし、心がやさしく、尊敬でき、私たちをよく理解してくれていると子どもは評価しているのです。なんと心が広くて優しい子どもたちなのでしょう・・・。というより、両方で暮らしている子どもにとっては、両方とも大切だと感じているという当然の結果なのでした。

そういえば 昔は事あるごとに学校や学校の先生の批判をする塾の先生というのも居ましたが、塾では学校で時間的に理解できなかった分野に十分時間を取るとか、学校では塾ではできない探究学習や体験活動に力を入れるなど、お互いの制度や環境では出来ないところを補って、子どもの能力伸長に力を注ぐというのが正しい教育者というものだと思います。

 今日では学習塾や予備校は合格実績や受験結果だけを追い求める組織ではなく、そのプロセスの充実も求めるように変化してきました。(当グループの「読解・作文力検定」やプログラミング学習などはこれに該当します)それに伴って学習塾と学校の関係もかなり改善されていると思いますので、同じようなアンケートを行ってもこれとは異なった結果になると思います。教育学と相性の悪い学習塾ですが、もっと研究対象にする人が増えれば、互いのメリットを生かした教育を作り出すことができると思います。

参考文献

平成30年特定サービス産業実態調査(確報)経済産業省 政府統計

結城忠 佐藤全 橋迫和幸 「学習塾―子ども・親・教師はどうみているか」ぎょうせい1987

<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>