2022/07/04

藤山正彦のぷち教育学【指示のスキル Skill of directions】

教員になろうとする人は、教育の目的や教科の知識に加えて、教室の内外で生徒と触れ合う技術を体得しなければいけないわけですが、教育実習などを通して伝えられる技術の一つに「指示のスキル」があります。

 京都教育大学の山川信晃教授によると、次のような具体的な注意を挙げています。

①一度に多くの指示を与えないこと
 二つも、三つもの指示をまとめてするのではなく、一時一事の原則を守るようにする。「19ページを開いて、2番目の問題の答えを考えて、それをノートに書きなさい。」などと一連の指示を一度にまとめてするのではなく、「19ページを開きなさい。」「答えを考えなさい。」「答えが分かったらそれをノートに書きなさい。」のように、一つ一つの段階を追って指示するとともに、それぞれの段階での指示に従って学習者が行動できたかを確認することが必要である。

②くどくどと指示せず、短く、簡潔に指示する。
 慣れないうちは、指導者の思いや気持ちが強く、ついつい弁解じみた指示になることがある。「もしよかったらノートに自分の考えを短くても、長くてもよいからかいてくれませんか。」などはこの例である。このような指示よりは、簡潔に「自分の考えをノートに書きなさい。」と指示したほうが徹底する。

③指示を聞く状態をつくってから、指示する。
 学習者がある作業、例えばグループで実験作業をしている最中に、指示をしても徹底しない。そのような場合は、いったん作業を止めさせて、指導者のほうへ注目させてから指示するようにする。

④具体的で、別な指示表現を工夫する。
 「大きな声で読みなさい。」という通り一遍の指示要理は、「息を大きく吸い込んで読みなさい。」という指示の方が効果がある事が多い。普通の指示表現を具体的な別表現に変えて指示することによって、学習者に、どのようにすればよいか徹底する事が出来る。

⑤時間、場所、回数などの具体的な条件を明らかにして指示する。
 「今から本文を何回も朗読しなさい。」という指示よりも、「5分間で何回朗読できるかやってみなさい。」の指示の方が、学習者の活動を積極的なものにすることが出来る。何らかの到達点や条件を具体的に明らかにして、それに挑ませるように工夫することによって指示効果も大きくなる。集合の指示などは、まさに「いつ、どこに、どのようなかたちで」集まるのかを明確にして指示することが必要となる。

⑥指示した内容を確認する工夫をする。
 「今から注意することを言います」といって注意事項を指示するよりは、「今から注意を三つ言います。後でその三つを言ってもらいます」という指示の方が、学習者の聞く態度が真剣なものになる。また、注意事項三つを指示した後で、だれかに指名して言わせてみることにより、指示内容が徹底できたかどうかを確認する事が出来る。

⑦口頭による指示のみでなく、視覚に訴える工夫もする。
 「静かにしてください。」と声をからして何度も怒鳴るよりも、黙って指を唇に当てて「シー」と言ったり、黒板に「静かに」と書いたり、ある一点を黙って指さしたりする方が効果のある場合が多い。

教育技術研究会編 『教育の方法と技術』 ぎょうせい 1993  pp.151-152より引用

この内容は、基本的には集団授業の中で、複数の生徒に対して出される指示を想定したものですが、親が子どもに対しても使えそうな内容だと思います。②の「簡潔に」に関しては、家庭でこの例の逆のように、直接関係のないことをくどくど叱ってしまう事(宿題がまだ出来ていないことを注意するついでに、前の試験の点数や、普段の生活態度など、関係ない事まで持ち出してしまうなど)などもよくある話です。また、最後の⑦などは、ゴルフのトーナメントで、ゴルファーがアプローチに入るときにギャラリーに向けて「お静かに」という札が示されるのと同じですね。小学校では地震などの災害に備えて避難訓練が行われますが、非常時には声を出さないという練習がなされている学校もあるようです。元々は1995年の阪神淡路大震災を契機に消防庁が発行した「教育指導ガイドライン」に掲載された「おはし(=押さない、走らない、しゃべらない)」が元になっているらしいのですが、これは③の指示を聞く状態をつくる、という考え方に基づいているともいえるでしょう。因みにこの「おはし」は「おはしも(戻らない)」「おかしも(走らない、の代わりに駆けない)など派生しながら各地に広がっているそうです。

それはさておき、私自身もこのスキルを心がけて授業で使うようになってからは、生徒に対する指示が通らないというストレスから解放されました。

これは教員の利用を前提とした技術ではありますが、大人社会でも部下などに指示をするという場面で応用できる部分もありますので、一度心がけて試してみてはいかがでしょうか。

教育技術研究会編 『教育の方法と技術』 ぎょうせい 1993

小島邦宏 「学校と学級の間 学級経営の創造」 ぎょうせい 1990

日本教育工学会編 『教育工学事典』 実教出版2000

山川信晃 「授業研究における教育工学的力量」『講座 教師の力量形成4 教育工学実践にとりくむ力量』 ぎょうせい 1990

<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>