2020/06/26

藤山正彦のぷち教育学【最新の研究より】

こんにちは。藤山です。教育に関するお話をしていきます。
今回は、最新の研究についてお送りします。

その①

学校教育の改革、指導要領の改訂が年次進行で行われています。小学校では令和2年度から、中学校では令和3年度から新たな学習指導要領が全面実施されます。2020年度からの大学入試の変更(「大学入試センター試験」が「大学入学共通テスト」に変わり、英語民間資格も利用するなど)や必修教科の変更なども行われますが、実はこの一連の改革の中で一番大きいのは文部科学省が学力というものを「育成すべき資質・能力の三つの柱」として定義したことだと思います。

※実は2007年の学校教育法までは、文部科学省は「学力」を定義してきませんでした。その状態で「学力向上」とか「学力低下」を議論していたわけですから、答えが出るわけがありません。もちろん今後、技術革新や社会構造の変化に伴って必要とされる能力は変化しますから、引き続き「学力」の定義は検討されるべきものなのですが、ひとまず文部科学省が教育学者の批判を恐れずにその定義に向き合ったというのは大きな前進なのです。

学力とは

①「知識・技能」=何を理解しているか、何ができるか

②「思考力・判断力・表現力等」=理解していること・できることをどう使うか

③「学びに向かう力・人間性等」(「主体性・多様性・協働性」ともいいます)=どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか

3つの段階に分けて解説しています。

思い切って簡単に言い換えると、この3段階は「知識量」「表現能力」「やる気」といったイメージになると思います。旧来の学力は覚えた英単語数に代表されるように1段階目の「知識量」の比重が高い考え方でしたので、大きな転換を迎えたことになります。文部科学省からこの定義や解説が発表された2007年以降、「やる気」に関する研究が増えてきたように感じます。

『大学生のクラブ・サークル活動への取り組みがキャリアレジリエンスに与える影響』池田めぐみ(東京大学大学院学際情報学府)・伏木雅子(首都大学東京大学教育センター)・山内祐平(東京大学大学院情報学環)

「キャリアレジリエンス」という聞きなれない用語が出てきますが、「キャリア」は職業上の、「レジリエンス」とは「困難な状況により一時的に心理的に不健康な状況になっても、そこから回復し適応していくこと」で、ここではその能力を意味します。つまり「仕事が上手くいかず凹んだ時に回復する力」といった感じでしょうか。クラブ・サークル活動に熱心に取り組んでいた学生は、就職してから困難にぶち当たっても回復する力がついているはずだ、という仮説の検証と、クラブやサークルへの取り組み方とキャリアレジリエンスとの関連を明らかにしようという研究です。

22大学の学生を対象にアンケートを行い、回答のあった1145名分のデータのうち、クラブ・サークル活動以外の活動も想起されているものを除いた632名分を分析したものです。アンケート対象は大学生、つまり実際にまだ就職したことがない人たちですが、「キャリアレジリエンス」が高い社会人に関するアンケート調査の先行研究を利用して、その因子を調べるという方法をとっています。教育学に限らず学問というのはこのような新たな知見のリレーが行われるところが特徴で、ある個人の少ない経験を元に「〇〇だと思う」のような無責任な発言とはレベルが違います。少し横道にそれますが、子育てに関する書物や講演の大半がこの個人の経験を述べたものですので、再現性はなく学問的な価値はありません。

さて、分析結果ですが、クラブ・サークル活動に関して「積極的な関与」「メンバーとの深いコミュニケーション」「目標達成に向けた取り組み」「内省」をしている学生はキャリアレジリエンスが高いことがわかりました。一方「イベントに向けたメンバーとの協調」「他大学生や社会人との関わり」の項目の優劣と、キャリアレジリエンスとの関連はほぼありませんでした。つまり、困難に直面した時、立ち直るという精神の強さは、積極的な関与や内省など、サークル活動であっても真剣に取り組み、その活動の目的や意味、改善方法などを考え抜いた人が強く、表面的なコミュニケーション量で育成されるものではないようです。学校での部活動・委員会活動などでいつも帰宅が遅いお子さんもいらっしゃると思いますが、キャプテンや部長など中心的な立場で頑張っているお子さんはもちろん、帰宅しても部活の話しかしないお子さんは、「積極的な関与」「内省」を行っているわけですから社会に出てからの困難に立ち向かう力もついていることでしょう。

ところで、この論文、末尾に掲載されている、引用・参考文献の数は、なんと59本!普通の2倍以上の分量です。私はこちらにも「やる気」を感じました。

その②

さて、皆さんのお子様は毎朝元気に学校にお出かけになっているでしょうか。実は平成29年(2017年度)の統計ですが、中学校では3.25%、つまり約30人に一人の割合で学校に行けていないお子さんがいるそうです。文部科学省では不登校の定義を、「年間30日以上欠席した者のうち、病気や経済的な理由による者を除いたもの」としており、保健室登校も「出席」となりますし、病気扱いで欠席している生徒もいますので、実際にはこれより多い人数が教室に入れていないことになります。このようなお子さんの中にはこだわりや感受性の強いお子さんも多く、ある時期が来ると信じられないような学力の伸張を遂げ、トップレベルの高校や難関大学に合格した例も私は何人も見てきましたし、一時的にそのような状態になったとしてもあまり心配していないのですが、不登校の原因は本人でもわからない場合が多く、学力面や将来のことを含めてやはり保護者が一番悩まれることになると思います。

『中学1年生における内的作業モデルが登校回避勘定に及ぼす影響と学級機能との関連』﨑田亜紀穂(ビックエル株式会社)・髙坂康雅(和光大学現代人間学部)

実は不登校に関する研究論文は多く、国立情報学研究所による論文検索だけでも6171件も見つかるのですが、不登校の子どもに対する対処についての事例紹介が大半です。中学生が「学校に行きたくない」と思うのはどのような原因かを明らかにしようとしたものも無いことはないのですが、その結論は友人関係や本人の特性などいくつもの原因が複合的に重なったものである、というような歯切れの悪いものばかりでした。

今回紹介する論文は都内の295人の公立中学校1年生(不登校ではない子どもたち)にアンケート調査をして「学校を休みたいという気持ちになる」など登校嫌悪感の強弱と、友人関係や学校への反発感を調べるアンケート結果との相関を取ったものです。

すると、登校嫌悪感と強い相関があるのは、友人関係における孤立感より学校への反発感となりました。まだ生徒同士の人間関係が強固でない中1の特質かもしれませんが、学校の先生に親しみが持てるか、この学校の生徒であることに誇りを感じるか、といった質問に低い評価をした子どもが学校に行きたくないと答えた割合が高くなりました。

続けて、学校の先生は子どもの主体性を重んじてくれるか、クラスで自分は役に立っているか、クラスはまとまっているか、といった項目でアンケートを取ると、2番目と3番目に高い相関が見つかりました。つまり先生が民主的なクラスづくりをしたかどうか、ではなく、自分たちが意見を言えるようなクラスであるかどうかという現状(もちろん先生がそのような組織づくりをしたのかもしれませんが)に、子どものクラスに対する印象が影響を受けるようです。

最後に、子どものパーソナリティについてのアンケートとその結果です。

周りの人に好かれているかどうか心配だ、といった人から認められているか否かの「両価性」と周りの人に相談したいとは思わないなどといった「回避性」を調べてみました。

すると、人付き合いを求めない「回避性」の子どもは「登校嫌悪感」が強く、学校に対する「反発感」も強いことがわかりました。

民主的な学級運営によって、「このクラスはまとまっている」と感じる子どもは増えるわけですが、そもそも人付き合いが苦手な子どもにとっては、その「まとまっている」状態は居心地が悪くなる原因ではないか、という話になるわけです。不登校の子どものために、クラスの何人かが一緒にお家までノートを届けに行く、といったことが少なからず行われていると思いますが、そのクラスの「仲の良さ」が逆効果になる可能性があるかも、というわけです。あくまでもこのようなアンケート結果による研究は相関の強弱といった確率論でしかありませんので、お友達の訪問が学校に戻るきっかけになるお子さんもいるとは思いますが、それが必要だとはならないわけです。

仲の良い、まとまったクラスづくり・集団作りというのが学校の先生の目標になりがちですが、そこが目的にならないように気を付けましょう、と考えさせられる研究でした。

【参考文献】

・池田めぐみ・伏木雅子・山内祐平

『大学生のクラブ・サークル活動への取り組みがキャリアレジリエンスに与える影響』日本教育工学会論文誌422018

・教育技術研究会編『教育の方法と技術』ぎょうせい1993

・文部科学省「中学校学習指導要領(平成29年告示)」平成293

・﨑田亜紀穂・髙坂康雅

『中学1年生における内的作業モデルが登校回避勘定に及ぼす影響と学級機能との関連』教育心理学研究第66巻第4号2018年

<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>

【フリステWalker 第131号(2019.9月)掲載】