2022/10/17
藤山正彦のぷち教育学【教材の役割 The role of teaching materials】
「教材・教具」は「ある教育目標(目的)を実現するために、教師と学習者の間におかれ、教授・学習活動を促進するための文化的素材」と定義されています《「新教育学大辞典」(1990)》。かつては紙に印刷したものが「教材」、模型や掛図などそれ以外を「教具」と区別していました。しかし今ではプロジェクターやコンピューターを利用する教授法も一般的になりましたので、その区別があいまいになり、「教育メディア」という言葉の中にまとめられる場合もあります。
この「教材・教具」には以下のような機能があります。(西之園1984)
①子どもの全面的発達を願って、積極的な学習活動を可能にする教材内容の事例、用例、さらには生活経験や学習体験そのものを意味する。子どもの発達と成長を促す機能。
分かりやすく色分けされた教科書やプリントを想定していただければいいと思います。または効率的に反復学習が出来るドリル類もこの機能を持っています。
②人類が築いてきた生活遺産、あるいは学問的成果としての内容のうち教育的観点から精選され再構成された内容。すなわち、文化遺産あるいは学問研究の成果の伝達という機能。
歴史上の人物伝や、科学者のプロフィール・新発見のエピソードを書いたコラムから、その教科に興味を持ったり、自分も科学者を目指そうと思ったりした子どもも少なくないと思います。かの有名なメンデルの遺伝の法則が世間に知られるようになったのは、メンデルの死後だという話から、少年だった私には、科学の普遍性は、人の一生を超える大きいものだと印象深く知る事となりました。
③学習活動を現実のものとするために用いられる教材や媒体。例えば実験教材、実習教材、学習資料、スライド教材、実験器具などの学習成立を促進するための機能。
実験をしなくても習得できる事柄もありますが、実際に手を動かして状態や色の変化を見た方が面白いに決まっています。地理の等高線の授業では、かつては立体地図が用いられましたが、今では3Dのビデオクリップでの解説映像がわかりやすいですし、各地域の特徴の授業では、実際にその場所に行く事無く、映像教材からその国や町の雰囲気を感じ取る事が出来ます。
④印刷教材、テープ教材、あるいは各種の教材・教具を採用することによって個別学習、小集団学習など、多様な学習形態を実現する機能。
今ではコンピューターやタブレットを利用して、一人ひとり別の内容や進度で学習をすることが可能ですし、逆に大きなスクリーンに映った映像を数百人同時に見て学習する事も可能です。例えば自動車運転免許の更新のように、映像と掲示物さえあれば、毎日違う人に、複数の時間帯で、全く同じ内容を多くの人に教える事も可能ですし、通信回線を使えば遠く離れた複数の場所を一つの教室のように使う事も出来ます。つまり、教師が教室の中で複数の生徒に授業をするという従来の形態を超えた授業も可能にするというわけです。
さて、教材・教具の分類には様々な観点があります。以下にいくつか挙げてみます。
①制作過程からの分類=自作 市販
②媒体による分類=印刷 スライド ビデオ プログラム・・・
③学習者の知覚との関係による分類=視覚教材 聴覚教材・・・
④教材作成に適用される原理の違いによる分類=プログラム教材 ゲーム教材・・・
⑤教材が採用されるときの授業形態による分類=個別学習教材 小集団学習教材 一斉授業教材
⑥教材が適用されるときの学習の種類による分類=ドリル教材 応用発展教材 発見学習的教材
パソコンは、一般的にはソフトウエア(今ではネット環境も)が整うことで「教材」となりますが、中学校の技術家庭のコンピューターに関する単元では最初に「ハードウエアとは何か」を学びますので、パソコン本体が「教材」になる場合もあります。
昔はOHP(オーバーヘッドプロジェクター)の透明フィルムに書かれたもの(「トラペン」と呼びます)を複数重ねたり、一部を動かして手作りアニメーション的に見せる名人芸を持った先生もいらっしゃいましたが、今ではネット上からすぐれた動画が簡単に手に入るようになりましたので、多くの先生が気軽に利用できるようになりました。
一方で手作りにこだわる先生もいらっしゃいます。大阪の大谷中学校・高等学校は理系進学に強い女子校として知られていますが、そこの物理の先生は100円ショップに売られているステンレスのボウルなど台所用品を組み合わせて、静電気を発生させるヴァンデグラフという装置を生徒と一緒に自作し、実験に使っています。このような手作りにこだわることでより深い学びを生徒に与えている先生もいらっしゃいます。
どの教科でもICT化が進む以前は、先生の熱意があればあるほど、物としての教材や教具が増えていくため、職員室の先生の机や準備室がさまざまな「物」で山積みになっていたものです。京都の私学に勤める私の尊敬する理科の先生も、自宅の離れの中が自作の模型や掛図に埋め尽くされた教具の倉庫みたいになっています。素晴らしい文化財だと私は思うのですが、コロナ禍で一気に進んだICT化の影響で、出番が減っているようです。なんだか寂しいと思うのは私だけでしょうか。
「教育工学事典」実教出版 2000
「教育の方法と技術」 ぎょうせい 1993
「新教育学大辞典」第一法規出版1990
水越敏行,西之園晴夫 編著「授業の計画と指導」第一法規出版 1984
文部科学省 ウェブサイト (http://www.mext.go.jp/)
<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>