2022/11/14
藤山正彦のぷち教育学【成長と脳① Relations of growth and the brain①】
以前小欄で、「記憶」を取り扱ったことがありましたが、人の体の中でものごとを記憶するのは主に「脳」です。「アルツハイマー病」に代表される認知障害(記憶障害、見当識障害、学習障害、注意障害、視空間認知障害や問題解決能力の低下など)はCTスキャンの画像でも確認できる大脳皮質、海馬の萎縮、および脳室の拡大といった器質的な変化によるものです。したがって脳の縮小や損傷が学習に大きく影響を与えることは容易に想像できます。しかし、教育の世界で子どもの脳をCTスキャンで測定して入試の合否を決めるなどという使われ方はしません。
教育学ではあまり脳の構造や機能を直接取り上げることはありませんでした。それどころか脳科学の用語を使った教育本(右脳型、左脳型など)は教育学としては「非科学的である」といった扱いがなされてきたように思います。
しかし、近年、技術的に脳波の測定精度の向上や、脳の血流の変化が「非侵襲的に」(放射能や薬物など体にストレスがかかる方法ではなく)できるようになってきました。そこで、成長期と脳の変化についての研究は飛躍的に進んできました。
まず、脳波と発達についてのお話です。脳波という言葉は1940年代から知られるようになってきましたが、今日使われている本格的なモニターが開発されたのは1992年、さらに現在技術革新中という新しい技術です。主には頭皮に電極を当てて、周期的に変化する微細な電位の変化を測定します。その周波数によって以下の4つの波に分類されます。
α波は頭部後方部分に覚醒時に出現する8Hz - 13Hzの脳波で、落ち着いているときに測定できます。精神的な鍛練で(たとえば緊張しない練習など)ができている人はこの波が多いといわれますが、年齢によってもその出現頻度が変わります。
まず、受胎後6か月くらい(つまり胎児の状態)から脳波があることがわかっています。その頃は不規則なδ(デルタ)波ですが、生後3か月前後からθ(シータ)波が優位に変わってきます。そして、1歳前後に次第にα(アルファ)波が優位になってきます。
図1は小児脳波の中でα波が出現する頻度を表したものです。(縦軸は1秒間に何回α波が出現するのかを表しています。)すると御覧のように1歳まで急激に増加し、そのあとは緩やかな変化になっていることがわかります。このことから、1歳までに脳には何か大きな変化が起こっていることがわかります。
年齢層がさらに上がり、6歳ころにはα波が安定して出現していますがθ波も混ざっています。さらに年齢が上がると周波数も上がっていき、14~15歳までは成人と同じパターンがみられるようになりますが、時々低い周波数(幼児の頃に多かったδ波)が発生します。因みにこのδ波は容易に起こすことができないような深い睡眠時に発生させる波ですので、何かをしている最中に寝落ちする幼児や、朝なかなか起きてこない子どもの状態とも関係があると考えられます。(子どもが朝なかなか起きてこないのは本人の気合の問題じゃないので怒っちゃだめですよ。)
ともかくこのようにその後も次第に脳が変化していることがわかります。
もっと広い年齢層について調べたのが図2です。これは横軸が1秒当たりの出現回数で年齢層によって異なるグラフになっています。α波より低い周波数(大きな波)は徐波、高い周波数(細かい波)は速波と呼びますが、その年齢層別の出現頻度を表したのが、図3です。
徐波(δ波)は寝ているときに発生する波であると先に書きましたが、脳科学者の立花隆は「脳が発達して神経回路が形成されていく過程に関係する」という説を展開しています。ちなみに神経細胞の数は生まれたときにすでに数が決まっていてそれ以上増えないのですが、脳全体の重さは増えていきます。新生児の脳は400gほどですが、生後半年後に約2倍になり、5~6歳で成人(男子で約1350gほど)の95%になります。(幼稚園児は体に比べて頭が重いのでよく転びます。)(図4)
ここで誤解のないように説明しておきますが、個人的な頭の大小(生まれつきの頭の大きさ)と能力は関係ありません。確かに人類の進化と頭がい骨の大きさの変化を関連させ、脳が大きければ能力が高いという説が信じられている頃もありました。しかし3kgを超える脳の標本がアメリカに二つあるそうですが、一つはアメリカ上院議員の、もう一つは知的障がい(発達障がい)の人のものだそうです。その他の統計を見ても脳の大きさと能力は関係ありません。
神経細胞の数が増えないのに脳の重さが増えるのは神経回路がつながっていって、それを助けるグリア細胞が増えるからです。新たな神経回路ができるときはθ波(緊張すると出る波)が発生し、それを支えるグリア細胞が作られているときはδ波(寝ているときの波)が出ているとされています。したがって、ゆったりと落ち着いた環境でリラックスしながら長時間勉強して夜更かしをするのは記憶を定着するという観点ではお勧めできません。緊張して能率よく勉強した後にぐっすり寝ましょう。
さて、その脳の神経回路は脳細胞の突起によって作られますが、その発達の様子をしめしたものが図7です。新生児の時からどれほどの質量が増えたかを縦軸に表したものです。
ところで、先の図3を見ると、徐波(SLOW)が60歳以上で増えているのは、加齢によって機能低下する部分を補っている「脳のつなぎかえ」によるものだと考えられます。脳細胞だけでなく、目などの感覚器官や筋力の低下を、脳が新たな工夫で補っているというわけです。逆に40歳から50歳までが少なくなっています。先の立花氏の仮説が正しければ、この年齢層は新たなことを学ぶことが不得意な年齢層ともいえます。学ばなくてもいいくらいの経験や技術を身に着けている年齢層だともいえますが、転居や転職など大きく環境が変わった場合はストレスを感じることになるのかも知れません。
参考文献
市川忠彦 新版 脳波の旅への誘い 第2版 星和書店 2006
尾木恵市 ヒトはいかにして生まれたか (ゲノムから進化を考える5) 岩波書店 1998
立花隆 東大講義① 脳を鍛える 新潮社2000
時実利彦 新脳波入門 南山堂 1980
<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>