2020/07/10

藤山正彦のぷち教育学 【授業研究 Research on Classroom Instructions】

例えば、美容院にお出かけしたとしましょう。そこで、思っていた通りの髪型(憧れている芸能人そっくりにしてほしいとか)にしてくれるのもいい美容師さんかもしれませんが、その人に合った髪型を作り出してくれる美容師さんが、もっとも良い美容師さんだと思います。しかし、いずれにしても行く前と帰る時で全く変化が見られないという美容院はだめですよね。

同じように、学校でも塾でも、授業を受ける前と受けた後、どれだけ生徒を変えることができるのかが授業の価値になってきます。先ほどの美容師さんのたとえのように、教科書に書いてあることを正確にわかりやすく教えてくれる、だけでなく、生徒の個性に合わせてそれ以上の知識や興味を与えてくれるのが良い授業です。授業をする人はだれでもそのような授業をしたいと思っていますので、自分の授業を改善するために、または、より良い方法を取り入れ、広げていくために今まで多くの授業研究や分析が行われてきました。

良い授業方法の取り入れ方

まず、良い授業方法の取り入れ方についてです。他人の良い授業を見ることが必要ですが、それだけでは良い授業ができるようにはなりません。授業をするためには準備が必要ですし、その準備の意図や目的が重要になってきます。また、その目的がどのように決められたのかという背景も必要になります。簡単に言えば、どのような学年の、どのような状態の生徒に、どのような事柄を、どの程度の時間で、どこまで教えるつもりの授業なのか、といった前提を踏まえずに、その授業を再現しても、良い授業にはなりません。

また、その授業を記録することも必要です。30年ほど前までは動画で記録しようと思えば高価な機材や技術が必要でしたので音声のみの記録でしたが、今日では簡単にスマートフォン一つで動画の撮影や編集が素人でも手軽にできるようになり、情報量は格段に増えました。しかし、動画がすべてを記録できるわけではありません。その画角に入っていない生徒の動きはわかりませんし、その記録時間以外の様子もわかりません。

そこで、それを補うために文字や言語の記録も必要になりますし、時間の割り振り(たとえば説明には10分かけて、演習に15分かけた等)や学習者の反応時間、ミリ秒単位の「間」の記録などを数値として記録する方法もあります。もちろん何を見るのかによって、必要な記録方法は変わってきます。それらを元にして、さらに分析を加えていって授業の構造を少しずつ明らかにしていくのですが、その方法というのも一つではありません。私の師匠でもある大阪大学の井上光洋教授(故人)はカテゴリー分析システムを使ってベテラン教師と教育実習生の授業比較をしたりしましたが、関西大学の水越敏行教授の「コミュニケーション分析」や名古屋大学の大谷尚教授による逐語記録の分析、東京工業大学坂元昂名誉教授(故人)による内容分析など様々な教育学者がそれぞれの目的に応じて開発しています。

授業者の授業改善方法

一方授業者が授業を改善するために自分自身の動画も有効です。日本女子大学の吉崎静夫教授が開発した「再生刺激法」と「VTR中断法」いうのがそれにあたります。

再生刺激法

「再生刺激法」とはまず授業を生徒後方から動画撮影します。次に重要な授業場面を3~5個選び2~3分のビデオクリップにします。その映像を子どもや授業者に見せて、その場面で考えていたことや感じたことをアンケート用紙に記入してもらう、というものです。

実際に教職6年目の教師による小学校6年生の理科の授業をこの方法で調査したところ、子どもが授業内容を理解しているか、いないか、についての判断が、教師と生徒で13か所もずれていた、という事が明らかになり、教師は授業の設計や、生徒評価の方法を根本から改善させた、という事例もあります。

VTR中断法

VTR中断法」というのは、授業を生徒の後ろからと斜め前から発表中の生徒をとらえた二つのビデオ映像を使います。授業者と他の教師も参加して再生映像を見るのですが、教師の予測と生徒の反応がずれた瞬間を中心に重要な場面をいくつか選び、そこでVTRの再生を中断します。そこで、授業者がその瞬間を認知していたか、ほかの手立てを考えていなかったのか、を授業者から聞き出します。さらに他の教師が、自分だったらこの場面でどうしたか、などをコメントしていく、という方法です。

いずれの方法も、良い授業とは、正しい発話内容だけではなく、教師と生徒との効果的な「キャッチボール」、つまり教師と生徒の相互作用によって生まれるとの考え方に基づくものです。

オンライン授業の検証

今回のコロナ禍の影響による休校期間、オンラインでの授業提供を行った学校もありました。しかし、授業が再開して数週間経ったところでそのような学校の先生から、「例年よりも授業内容の定着率が悪そうだ」という声を聞きました。オンラインという環境下ではリアルタイムに生徒さんの状況を掴むのが難しかったのでしょうか。もしくは生徒の反応に応じた適切な対応ができていなかったのでしょうか。今月には学校再開後初めての定期テストが実施されますが、その結果も含めて各学校で検証が進んでいくと思います。

教育学者って何やっているのだろう、と思われがちですが、このように先生方が授業を改善していくお手伝いもしているわけです。

【参考文献】

・吉崎静夫 「デザイナーとしての教師 アクターとしての教師」 金子書房 1997

・大谷尚 「質的研究」の文脈から見た日本の授業研究の位置づけに関する試論 教育方・法学研究 24 pp.29-37 1998

・坂元昂 相関分析による授業の改造 明治図書 1972

・水越敏行 発見学習の研究 明治図書 1975

・日本教育工学会編 「教育工学事典」 実教出版(2000

<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>