2023/01/10

藤山正彦のぷち教育学【進路指導 College and career counseling】

「わが国で進路指導という言葉が使われだしたのは、公式には1960年に入ってからである」という記述をみて、本欄をお読みになっている皆さんは「え?そんなに新しい言葉なの?」と驚かれた方もいらっしゃると思います。背景を説明しますとこの時期まで「進路指導」という言葉が使われなかったのは当時の進学率が大きく関係しています。1960年当時の大学進学率は10%ほど、高校進学率も1960年には55.4%と、今と違って中学を卒業すれば進学しないのが珍しくない時代でした。つまり、それまでは学校を卒業すると就職するという前提で「職業指導」と呼ばれていたわけです。

進学率推移(男女別).jpg
(政府統計 学校基本調査 「高等教育機関への入学状況(過年度高卒者等を含む)の推移」より)

 こちらのグラフを見ていただいたらお判りのように、特に大学進学率は男女でも大きく差がありました。特に女子に関しては1960年の四年制大学進学率はわずか2.4%、短大を含んだとしても5.0%ととても少数派でした。「女子なのになぜ大学に行くの?」といった風潮の中、ネット情報はおろか、今日のように模擬テストや予備校も整備されていない中で(予備校が乱立し始めるのは1970年以降)旺文社の「蛍雪時代」だけを頼りに情報を集めて入試に挑んでいた女子はさぞかし心細かった事でしょう。

 話はもどりまして、最初に「職業指導」がどのように変遷したかを紹介しましょう。文献としてはまず1927年(昭和2年)の文部大臣訓令の「児童・生徒の個性尊重及び職業指導に関する件」です。ここには「職業指導は、児童・生徒に対して学校卒業の際においては、将来とるべき職業の選択または進むべき上級学校の選択等につき、各人の資質に応じて適当なる指導を加え、更にその就職後の輔導(注:ほどう 正しい方向へ教え導くこと)をなすことを意味する。」と定義されています。悪い事をしていないのに輔導(「補導」とほぼ同じ意味の言葉です)されるなんで、厳しい世の中です。生徒が好みの職業を選ぶ事すら認められない雰囲気が漂っています。

一方戦後になりますと1947年(昭和22年)の文部省「中学校学習指導要領」の職業指導編に「職業指導とは、個人が生計費を得て、事故及び社会の為にももっとも有益に生活するために、個人に職業訓練を与えたうえに、その天賦の才能を発見し、活用することを援助する過程である。」とあります。戦後はアメリカの影響を受けたのでしょうか、「天賦の才能を発見」してもらえるなんて、戦前から比べると夢のような世界です。

 1955年(昭和30年)ともなると、「学校における職業指導は、個人資料、職業・学校情報、啓発的経験および相談を通じて、生徒が自ら将来の進路の選択・計画をし、就職または進学して、さらにその後の生活によりよく適応し進歩する能力を伸長するように、教師が教育の一環として、組織的・継続的に援助する過程である。」(文部省「中学校・高等学校職業指導の手びき」)・・・ちょっと読みにくい文書なので、要約すると、「先生が材料を与えるから、生徒が自分の将来を計画してね。就職した後でも困らないよう先生は助けてあげるよ。」という事です。朝鮮戦争特需から高度成長期に突入した当時の日本は、労働力としての中卒、高卒が重宝されており、「天賦の才能」を見つけてくれる1947年の思想から少し後退したような印象を受けます。

 教育学で言う「進路指導」という言葉、本来はこのような「職業指導」という意味を含んでいます。しかし、実際現代ではどうでしょうか。

 まず現代の高等学校を見てみましょう。実は学校には「進路指導主事」という役割を持った先生がいらっしゃいます。「進路指導主事とは、校長の監督を受け、生徒の職業選択の指導その他の進路の指導に関する事項をつかさどり、当該事項について連絡調整および指導、助言にあたる職のことである(学校教育法施行規則第52条の3など)。進路指導主事は、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校の中学部・高等部に置かれる。」となっており、現代でも進路指導と言えば職業選択が主な仕事と位置付けられています。しかし、実際には高校の「進路指導室」には大学入試の資料がずらりと並び、特に私立進学校の「進路指導部」では、大学入試に関する情報提供を行うばかりでなく、遠足の代わりにオープンキャンパスツアーを実施したり、大学の専門分野を調べるといった総合学習を企画したりと、かなり大学入試に積極的に関わっています。

次に挙げますのは、大阪府立天王寺高校という公立の進学校の進路指導部の方針です。

① 卒業生の活用(桃陰セミナー講師・学部学科紹介)・オープンキャンパス・勉強合宿等を企画し、生徒の高い志を涵養する。また、生徒の目標達成に必要な学力が3年間で身につくように、「授業第一主義」を徹底するとともに、学年・教科と連携を図りながら、各種講習の調整を行う。

② アンケート調査・模擬試験によって生徒の状況を把握し、学年・教科に報告する。また、進路講話・学年集会・学年通信等において、生徒・保護者に対し必要な情報提供を行う。成績の推移を分析し、進路・学年・教科に必要な報告を行うと共に、必要な対応を検討し、指導の協力を求める。

③ 本校での担任・進路指導経験の少ない教員に対応するため、進路講演会や研修会を校内で実施すると共に、校外における研修会への参加も促す。

④ 「総合的な学習の時間(TEN-Course-Navi)」については、各学年において半期ごとにねらいを設定し以下の取り組みを行う。

【半期ごとのねらい】

1年前期:心づくりと学習面を含む方法論の学習 後期:自分探しへの本格化・職業・人生の自覚化

2年前期:人生観の現実化・課題研究      後期:課題探求の総括・表現・評価

3年生 :進路実現のための学力向上

と、この学校は大学進学に特化した「進路指導」となっており、ある意味で予備校化しているわけです。

また、東京大学教育学部附属中等教育学校では・・・

『夏休み等を利用して、大学のオープンキャンパスに参加し、レポートを提出してもらいます。まだ、志望校を決める前の段階ですから、学部について学んでもらいます。「その学部は、どのような人物を育てる学部なのか、何を学べる場であるのか」や、「同じ学部でも、大学ごとに差があること」等を知ることで、正しい進路選択をするための知識を得ます。また、早い時期から「その学部は、どのような人物を求めているのか」を知り、意識することで、校内外での活動に取り組み方も変わってくるはずです。』

 このように教育学を研究する最先端の学校でも、教育学でつかう「進路指導」の意味のように職業選択をアドバイスするのではなく、大学進学のサポートが主な業務となっています。

 因みに御本家の予備校は膨大な過去の模擬テストのデータやセンター試験の集計を元に大学の難易度や偏差値帯毎の合格率のデータを持っていますが、学校の先生向けの分析会やセミナーをサービスとして開催して、データの分析結果や最新の大学入試情報の提供を行っています。

 一方、中学校ではどうなっているのでしょうか。

まず、以下の表は全国の中学校卒業者と進学者、就職者の人数割合です。御覧のように、中学を卒業して就職するのはかなり少数派と言うことになり、職業選択をサポートする意味での「進路指導」は今日ではほとんど必要無くなっている事もおわかりいただけると思います。

卒業年月

中学校

高等学校等
進学率

専修学校
(高等課程)
進学率

卒業者に占める
就職者の割合

令和33

98.9

0.3

0.2

令和33

国立

99.7

0.1

0.0

令和33

公立

98.8

0.3

0.2

令和33

私立

99.6

0.1

0.0


(政府統計 学校基本調査 「中学校 状況別卒業者数」より)

その代わりに少し違った方向からの組織作りと活動が行われています。

 1999年(平成11年)12月,中央教育審議会答申「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」において、「キャリア教育」の必要性が答申されました。「進路指導」が学校卒業後の進路選択に特化していたのに対し、「キャリア教育」とはキャリア(経験)から、勤労観や職業観を育て、自立できる能力を付ける事を目的としています。定義としては「一人一人の社会的・職業的自立に向け,必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して,キャリア発達を促す教育」(中央教育審議会「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について(答申)」(2011年(平成23 年)1月31 日))

となるのですが、ざっくりまとめると勤労意欲と能力を高める教育で、小学校から段階的にその姿勢を身につけて「生きる力」を高めよう、という趣旨です。

この活動、実はまだ始まったばかりですが、職業人としての責任感や規律性も含めて、様々な能力を身につけた子ども達が明日の世界の中心になると考えれば楽しみでもあります。

文部科学省_キャリア教育.jpg

(文部科学省 HPより)

中学校の先生による、高校受験に関する「進路指導」について考えてみます。文部科学省は平成18年の文部科学白書で、中学校の進路指導は「生徒が自らの生き方を考え,将来に対する目的意識を持ち,自分の意志と責任で進路を選択・決定する能力・態度を身に付けることができるよう,学校の教育活動全体を通じ,計画的・組織的に指導・援助すること」と定義しています。これによると高校受験に関わる進路指導というのは、実は中学校の先生方の本来業務では無い、という見方も出来ます。現実には生徒の受験校の決定やその合否について、学校の先生方も並々ならぬ関心と熱意をもって親身になって相談にのっていただいているとは思いますが、学校としては「自分の意思と責任で進路選択・決定する能力・態度を身につけるように援助」はしますが、最終的にどの高校を選び、出願するかはそこで身に付いた力をもって実現する自己責任ですので、自分で判断材料を集めてね、というのが建前です。とはいえ中学生が全員進学塾に通っていて、自分たちで受験する高校を選択するための進学情報や自分自身の客観的な学力を知っているわけでは無いので、学校で「実力テスト」を実施し、高校の説明会への参加を案内し、実力テストの点数からその中学校の過年度の進学実績を目安にして担任が相談に乗ってくれる事もある、というわけです。学校の先生方の熱意と厚意には感謝するべきだと思います。

参考文献・資料

「新教育学大辞典」第一法規出版 1999
「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」中央教育審議会1999
「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」中央教育審議会2011
「教育工学事典」実教出版 2000
「児童・生徒の個性尊重及び職業指導に関する件」文部大臣訓令1927
「中学校学習指導要領」文部省1947
「中学校学習指導要領」文部省1955
「平成18年版 文部科学白書 第2部第2章 第63. 中学校における進路指導の改善」文部科学省 2006年 
「大辞林」(第三版)三省堂 2006
大阪府立天王寺高校 ホームページ (http://www.osaka-c.ed.jp/tennoji/zennichi/)
東京大学教育学部附属中等教育学校 ホームページ(http://www.hs.p.u-tokyo.ac.jp/)
「中学校キャリア教育の手引き」文部科学省 ホームページ
(http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/career/1306815.htm)

<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>