2023/02/06

藤山正彦のぷち教育学 【非行臨床 Juvenile delinquency clinical】

 学習塾と学校は、教える対象(子ども)と教える内容(教科内容)が同じであっても違う点はいくつもあります。特に教科指導を超える分野では大きく異なり、実際には学習塾が生徒の生活(特に問題行動)に関わる事はほとんどありません。一方で学校現場では直面する様々な子どもの問題に対応しており、その中の非行という分野を研究している学者も少なくありません。教育学と言えば将来が楽しみな子どもたちのための学問という明るいイメージをお持ちの方もいらっしゃると思いますが、こういう分野を研究して解決方法を提案する事も大切な役割の一つなのです。

 アプローチとしては、非行の定義など法律的な扱いから、どのような非行が増えているのか、減っているのかを分析する統計的な扱い、またその発生原因を探るための児童精神医学や犯罪社会学、家族臨床といった分野、そして、それを解決するための社会システムづくりや矯正教育の提案など、様々な専門分野が集まってその解決に向けた研究が進んでいます。

 まず、少年が引き起こした重大事件がさまざま報道されている昨今、近年の少年非行、少年犯罪は凶悪化、低年齢化しているといわれます。果たして本当でしょうか。

 まず、統計から見た非行の実態です。実は戦後の混乱期、貧困や生活苦から、何と少年6000人に一人が強盗で検挙されていました。なんと今の2倍以上の割合になります。殺人や放火の件数も半減しています。但し、最も少なかったのはバブル崩壊の平成2年。現在の三分の一ほどまで(つまり戦後混乱期の六分の一まで)減っていました。しかし学校が隔週土曜日休みになった平成7年から犯罪率が跳ね上がっており、(なんだか暇になったので悪い事した、というふうに見えますね。)現在も割合としては増え続けています。

 児童精神医学の立場からは、まず非行を「行為障害」と「精神疾患」に分けて考えます。この場合の「行為障害」とは、WHOによって制定された国際疾病分類(ICD)の10版(1992)によると、「家庭限局性行為障害」(いわゆる家庭内暴力)、「非社会化型行為障害」(引きこもりなど)、「社会化型行為障害」(集団いじめなど)、「犯行挑戦性障害」(暴走行為や反復的な窃盗など)、「他の行為障害」に分類されるそうで、こうなると、行為障害も「疾患」(つまり病気)と分類されるわけです。

 さて、その原因の一つを家族関係から掴もうというのが家族臨床という分野です。誤解の無いように補足しますと非行の原因はすべて家族にあるというわけではありません。ただ、その問題行動を消失させるためには家族関係の変化が重要になる場合もある、というわけです。

(事例①)A男、17歳。駐車中の自動車を盗み、無免許運転中に事故を起こし窃盗が発覚したもの。高校中退で、無職。父母と高校生の妹の4人家族であるが、A男が就職もせずにふらふらしている事に対して父親が帰宅すると怒鳴りつける。すると、母親が、そんなことでは何の解決にもならないと父親に切れる。その声を聴いた妹が、うるさいと切れる、といったことが連夜行われ、その雰囲気の悪さに耐え切れず、A男は父親の帰宅する時間から外に遊びに出かけるようになった。そして、その遊び仲間と自動車の窃盗を行った、という事例である。

 事件後、家族面接の中で、A男が今度は父親から逃げないできちんと面と向かって話せるようにしたいと言い、一方父親は六歳の時から伯父夫婦の養子となって、しばしば殴られるなどの厳しい躾を受けて育った過去を涙ながらに初めて家族に語った。これをきっかけに家族関係に変化が現れ始め、A男の問題行動は無くなった。

 次は、子どもが、家族だけではなく身近な大人である担任の教諭が、自分のために動いてくれることを知ることで解決に至ったケースです。

(事例②)中学3年のB男は両親の離婚に伴って転校してきたが、当時から喫煙、校内徘徊などがみられ、教師の指導に従わなかった。夏休みの終わりに友人と二人で家出をし、盗んだバイクであてもなく走っていたところガソリンが切れ、バイクを燃やしていたところを身柄拘束されたもの。家族は母、弟の3人で母親との関係は悪くないが、病弱な弟の看病で忙しく、B男の生活まで目が行き届いていなかった、という事例。

 事件後、担任Cは、この件に関してどのようにかかわるべきかのコンサルテーション(助言)を第3者から受けた上で、その行動を分析した。唯一の足であるバイクを燃やしてしまうなど無目的な行動には、つなぎとめる存在が必要だと感じた。そのうえで忙しい母親に代わって少年鑑別所に行き、担任Cが一人で面会した。そこで、B男は担任Cに「今までしてきたことを考えると無理だとは思うが、行ける高校はありますかね?」と聞き、「将来、父と一緒に仕事をしたい。」という。そこでC教諭は「助けられることはするつもりだ。」と伝えると頷いて、「(非行の)友人とは縁をきるとつもりです」と話した。その後C教諭との面会を重ね、中学校に復帰後は教諭の提供する補習や助言に応じて、進学し、落ち着いた生活を送っている。

 

 最後にその非行に対する対応として「矯正教育」という考えがあります。非行した本人に反省させたうえで社会復帰を目的とした教育をするというものです。自らの行為に責任が生じる成人に対しての「処罰」「制裁」と同じ方法では、責任意識が未成熟な少年の非行の発生は防げないとされていますし、刑罰を与えるより少年としての人権を尊重して教育する方が効果的だというのが基本の考え方でしたが、成人年齢の引き下げ、刑事処分の年齢引き下げなどの厳罰化の方向に向かった少年法改正や情報公開がその妨げになっているという法学者も居ます。

 矯正教育のための環境整備や制度の拡充は行政府や立法府のお仕事になりますので、ここからは教育学の手を離れることになります。

 今回のこの拙文で、いわゆる地域の「困った子ども」は実は言葉では表すことができない苦悩を抱えていることや、学校の先生方のご苦労を少しでもお伝えすることができれば幸いです。

参考文献・資料

「こころの科学」102号 日本評論社 2002

麻柄啓一 じょうずな勉強法 北大路書房 2002

羽間京子 非行等の問題行動を伴う生徒についての教師へのコンサルテーションー非行臨床心理の立場から千葉大学教育学部研究紀要 第54119-125 2006

文部科学省 ウェブサイト (http://www.mext.go.jp/

WHOウェブサイト

<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>