2023/04/03

藤山正彦のぷち教育学【子育ての方法と教育学 Parenting methods and pedagogy】

今までに私は数千人もの生徒さんと接してきました。その中で保護者の方から子育てに関する質問を頂戴したことも少なくありません。中には子育てに関する本を読んだり、講演を聞いたりと熱心に勉強している方もおられました。しかし、そのような方でも疑問や悩みが解決できているわけではないようでした。

 そもそもですが、子育てに関する本や情報は、個人の経験に基づいているものが多いように感じます。自分の成功事例や身の回りの人の経験談もその筆者にとっては事実なのですが、残念ながら再現性がありません。子どもの立場からすると、保護者や担当の先生だけに育てられたわけではなく、回りの友だちや、近所の方、たまたま出会った怖い人、テレビやインターネットの中の人、漫画の主人公など多くの人の影響を受けているわけです。また、その筆者の属性・個性と子どもの個性との相性や環境なども無視できません。例えば子どもを厳しくしつけた方が良いという説があったとしても、実は優しく慰めてくれるおばあちゃんが近所にいたために子どもはそのストレスから逃れる方法を持っていたかもしれませんし、多くの習い事は子どもの負担になる、という説についても、同一人物に、習い事を絞り込んだ場合と、たくさん習い事をさせるという二つの人生を同時に歩ませることはできませんので、どちらが正しいのかはわかりません。子どもが面白がって続ける習い事が良いという説もありますが、これも同様に科学的データによる証明ができませんし、そもそも人生経験も判断力もない子どもに自分の人生を決めさせるのはかわいそうな気もします。

 このように科学的データに基づく社会科学の一分野である「教育学」と個人の経験に基づく子育て論というのは相いれないような話になってきましたが、その橋渡しをしようという研究も存在します。

【仮説①】世帯収入による言語能力の格差は幼児期からはじまる

「東大生の親は経済的にも恵まれている」という調査をきっかけに、家計の豊かな家庭では早い時期から習い事をしているからではないか、という仮説を立てて調査をした研究があります。(浜野 内田 2012)

まず、世帯収入と、言語に関する能力(リテラシー=読み書き能力)について、3歳児、4歳児、5歳児3000名に対し、71文字の「読み」と鉛筆で文字を写す「模写」、絵を見てそれを説明する「語彙」を調査したものです。その結果、明らかになったのは、3歳の段階では「読み」と「書き」は高収入世帯の子どもの方が高得点になりますが、5歳では差が無くなりました。逆に3歳の時に差のなかった「語彙」は5歳で差が広がっていました。もう少し詳しく調べてみると習い事をしている子ども(学習系だけでなく、ピアノや絵画などの芸術系やスイミングや体操といった運動系も含めて)は語彙力が高い事がわかりましたが、不思議なことに学習系とその他芸術系や運動系といった習い事の種類による差はありませんでした。この調査によると、「読み」「書き」に関しては、ある年齢以上では世帯年収や習い事の影響を受けないことがわかります。一方、「語彙」に関する能力差は習い事との相関があり、成長に伴って広がる傾向にあります。ところで低所得の家庭でも「語彙」だけでなく「読み」も「書き」の能力が高い子どもがいたそうです。そこで、さらに調べてみるとそのような家庭では蔵書数が多いということが分かったそうです。何をさせたか、ではなく、書籍に容易に触れることができる環境の方が効果的だということです。

東大生の親の年収分布.png

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/09/6950.php

【仮説②】自由保育より一斉保育の方が学習効果は高い

子どもの自由遊びの時間が多い「自由保育」に対して、「アプローチ・カリキュラム」などと称して小学校の算数や国語などの内容の先取りを行う幼稚園や保育園の取り組みを「一斉保育」と呼びますが、果たしてその効果はどうなのでしょうか。幼稚園から「〇月までに〇〇という教材を使って〇〇ができるような指導をします。宿題も出しますのでご家庭のご協力もお願いします。」といわれると保護者としても気が引き締まりつつ安心なものです。このような早期教育はやはり効果的なのでしょうか。

答えは、全く逆です。正確に言いますと、「書き」の能力はわずかに一斉保育の方が勝りますが、「読み」の能力ほぼ差が無く、「語彙」の能力は逆に自由保育の子どもの平均点が、一斉保育の子どもに1.3倍ほどと大きな差をつけました。私もこの論文を読んだとき少なからず驚きましたが、実は少し考えれば当然の結果なのです。子どもが自分の言葉で話す時間は自由保育の方が圧倒的に多いからです。

【仮説③】運動能力など特定の能力は、やはり早期教育が有効である

次は東京学芸大学名誉教授である杉原隆先生が全国9千名の、3.4.5歳児を対象に行った調査です。体操教室やバレエ、ダンス教室に通っている、またはそのような教室を併設している幼稚園に通っている子どもと、そうでない子どもの運動能力を調べたという大規模な調査結果です。

すると、何ということでしょう、体操教室などに通って運動を習っている子どもは、そうでない子どもに比べて運動能力が有意に低く、運動嫌いの子どもが多いという結果になりました。世界的なアスリートが幼少時からスポーツに親しんだという話も聞くので不思議に感じますが、杉原先生の分析によると、体操教室やバレエ教室では特定の部位を動かす運動を繰り返し、説明の時間も長く体を動かす時間が少なくなる、競争意識が芽生える5歳後半になると他の子どもよりうまくできない場合に教室に行きたくなくなる、等の原因を指摘しています。子どもが自由に走ったり、登ったり、ぶら下がったりできるような環境の方が良い、との指摘もあります。

さすがに音楽は早期教育が必要なのでは、というご意見もあると思います。ピアニストやバイオリニストは幼少のころの経験がものをいうような気がしますが、私は高校卒業後から楽器を始めてプロとして活動しているチェロ奏者やハープ奏者を知っていますし、日本で活躍している管楽器奏者の多くは中学・高校での吹奏楽がきっかけとなっていますので、幼児期の音楽教育が必要だとは限りません。

【仮説④】難関校・難関試験に突破する子どもを育てるには厳しいしつけが必要だ

難関校に合格することと、幸せな人生を送ることは関係が無いのは当然なのですが、やはり今後入試を迎えるお子さんをお持ちの皆さんにとって気になるところだと思います。難関校ともなるとそれなりの学習量も必要になりますので、やはりストイックな教育方針のご家庭が多いのでしょうか。そこで、偏差値68以上の難関大学、学部(具体的には東工大・東外大・早慶上智、阪大といった大学や都市部の国公立医学部以上)を卒業して、難関試験(司法試験は医師国家試験など)を突破した子どもとそれ以外の子どもを持つ保護者1000名以上に行ったアンケートがあります。その結果のうち、有意に差がついた項目を紹介します。

難関試験突破する子どもを持つ親へのしつけに関するアンケート結果.png

 「難関校突破組」は子ども時代によく遊ばせた、親も一緒に遊んだ、という結果が出ています。ご覧のようにのびのびと子どもを育てたご家庭が多いようです。保護者の皆さんはお忙しいとは思いますが、特にお子さまが小さい間は一緒に遊びましょう。また中学生ともなると部活や友達付き合いでご家族と遊ぶ時間は減りますが、その代わり友達から様々な学びを得ているはずですので、温かく見守ってあげてください。

 これらの研究の論拠はアンケート結果による「過去の」統計データではありますが、あくまでも科学的なデータに基づいています。この4つの仮説に対する調査結果が、子どもに対してどのように接するべきかという皆さんのヒントになれば幸いです。

参考文献

浜野隆 内田伸子「幼児期における読み書き能力の獲得過程とその環境要因の影響に関する国際比較研究」お茶の水女子大学人間発達教育研究センター年報 2012 

内田伸子(十文字学園女子大学特任教授、福岡女学院大学大学院客員教授、お茶の水女子大学名誉教授)「子育てに『もう遅い』はありません~どの子も育つ共有型しつけのススメ」

チャイルドサイエンス Vol16 日本子ども学会 2018

吉田 伊津美, 近藤 充夫, 杉原 隆, 森 司朗, 朴 淳香 「幼児の運動能力の発達と園環境・家庭環境・遊びの傾向との関係」日本体育学会第50回記念大会 1999

<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>