2023/10/02

藤山正彦のぷち教育学【保護者の役割と子どもの意欲 Parents' role and children's motivation】

夏休みも終わり、学校行事も忙しい時期だとは思いますが、お子さま方のご様子は如何でしょうか。特に今春入学されたお子さまは大きな環境の変化で不安を感じている方もいらっしゃると思います。そのようなときに心の支えになってあげられるのは教育を専門とする私たち、と言いたいところですが、保護者の皆さんにかなうはずはありません。

今回は学会誌から次の研究を紹介します。

牧郁子「保護者との情動交流が小学生の無気力に与える影響-構造方程式モデルによる分析-」

 大阪教育大学の牧郁子教授によるこの研究は、大阪・滋賀の小学生4~6年生1556名を対象にしたアンケート調査による結構規模の大きな調査に基づいています。子どもは学校などでうまくいったときやうれしいことが有ったときには、おうちの人に細かく報告するものですが、その逆の状況のとき、保護者の反応によって子どもは無気力になってしまうかもしれない、というのを確かめようとした研究です。

 まず、子どもに、保護者(質問紙の中では「おうちの人」と書いてあります)とどの程度日常的に交流があるか、気持ちを聞いてくれるか、等を聞いておきます。複数の状況を前提とした内容によると、良いことが有ったとき(「ポジティブ情動」と表記)は良好な送受信が行われています。これは予想通りの結果です。しかし、悪いことが有った・またはうまくいかなかったとき(「ネガティブ情動」と表記)の場合は子どもの送信と、保護者の受信が異なった傾向になります。つまり、ネガティブなことを子どもが発信した時、聞いてくれる保護者と聞いてくれない保護者(あくまでも子どもの目線からの判断ですが)がいるということです。

 次は、子どもの心の強さというか、困難さに対する対応する気持ちをアンケートで点数化しています。たとえば「習いごとやクラブ活動でうまくいかなくても、努力できる」とか「勉強でわからないところがあったら、人に聞いたり調べたりすることができる」など、前向きな対処ができるかどうか聞いたもの(「コーピングエフィカシー」=(ストレス事態における対処行動への自信)と、その逆の考え方、たとえば「今から勉強しても無駄だ」「大人のいうことは信用できない」「大人は子どものことを考えてくれない」など、あきらめの気持ちを「思考の偏り」という尺度で表し、その相関を統計的に割り出しました。

 すると、ポジティブな状況だと親子のコミュニケーションはスムーズに進みますが、そこから「随伴経験」=一緒に喜んでくれた、などの経験が子どものやる気に対してプラスに働く一方、無気力感とは逆相関、つまり、一緒に喜んでくれれば無気力感が無くなる、と示しています。さらにストレス耐性も強くなって、無気力感を跳ね返していることがわかりました。

 一方、ネガティブな情動を保護者が受けた場合、保護者が話を聞いてくれるとストレス耐性が強くなりますが、聞かなければあきらめの気持ちが強くなり、そのまま子どもの無気力感につながる、と示されています。今回の研究では保護者が話を聞いてくれたかどうかは子どものアンケートから判断していますので、実際の保護者の対応と異なるかもしれませんが、ひとまずどのような時でも話を聞いてあげることが重要だということになります。しかし、ネガティブな内容のときは保護者が話を聞いてくれないという場面で、子ども自身が話しにくい、という原因が含まれているとすれば、それまでの保護者の対応に問題(例えば、失敗したことを報告したらひどく叱られて、次から報告し辛くなったなど)があったことも考えられます。

 すいぶん昔の話ですが、「おたくの生徒の物と思われるテストの答案がごみ箱に捨てられているのですが・・・」とJRの駅員さんからお電話を頂いたことがあります。点数が悪いテストを家に持ち帰れず、かといって塾で捨てたらばれるので、駅のごみ箱に捨てたのでしょう。すぐに回収し、しわを伸ばして後日生徒返却し、事の顛末をおうちの方に報告しました。おうちの方は大変温厚な方で子どもさんを追い込むようなタイプではないのですが、子どもにとっては保護者の些細な言動が大きく感じられたのでしょうか。または保護者が落胆したり不安になったりするのを見たくなかったのでしょうか。その気持ちはわからないわけではありませんが、「テストを捨てる行為は何の解決にもなりません。塾のテストの点数はあくまでも過去のことなので、今後の改善に向けて何をするのかが重要です。」という趣旨を子どもさんにも納得してもらいました。すると、この事件の後はおうちでのコミュニケーションも増えたようで、そのお子さんも前向きに頑張って第一志望の難関私立中学校に無事合格しました。JR西日本に感謝です。

 それはさておき、今回の研究は小学生対象ですので周りの大人=おうちの人、として調査した結果ですが、保護者だけでなく周りの大人も含め、子どもが何かを発信した時の対応は子どもに大きな影響を与えます。子どもさんの成果をほめてあげることも大切ですが、子どもさんがネガティブな状態になったときの反応の方がさらに大切なのだなと考えさせられる研究なのでした。

笠井孝久・村松健司・保坂亨・三浦香苗「小学生・中学生の無気力感とその関連要因」教育心理学研究 第43号第4号 日本教育心理学会 1995
牧郁子「保護者との情動交流が小学生の無気力に与える影響-構造方程式モデルによる分析-」教育心理学研究 第67号第4巻 日本教育心理学会 2019
日本教育工学会編 『教育工学事典』 実教出版2000
日本教育工学会編 教育経営研究の軌跡と展望 ぎょうせい 1986

<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>