2020/06/24
藤山正彦のぷち教育学【学習方略】
こんにちは。藤山です。教育に関するお話をしていきます。
今回は、学習方略についてお送りします。
学習方略とは教育学や心理学で使われる言葉ですが、「学習効果を高めるための意識的な工夫」と定義されています。
たとえば道順を覚えるとき、どのような方法で覚えるかというのは、人や場面によって様々です。地図で位置関係を理解する方法もあれば、「郵便ポストの次の角を左に曲がって、2本目の道を右に曲がる・・・。」といった目標物とその順番で行き方を覚える場合もあります。
多くの人は二つの方法を使い分けることができますが、エジプトのカイロでタクシーに乗った経験のある知人の話によると、どの運転手もホテルまでの地図を見せても全く理解できないのに、大体の住所とホテル名を聞くと、それだけで狭い路地をがんがん曲がりながら最短距離で迷わず到着するのだそうです。
私は高校生が自習室で英単語を覚えている姿を長年見てきましたが、その英単語の覚え方も、人によって様々です。何度も「見る」、単語集の一部を隠して「自分をテストする」、「小声に出して読む」、「ゴロ合わせを考える」、「語源を調べる」、「例文とセットで覚える」、「関連語を調べて、その違いを調べつつ、まとめて覚える」、「少しずつ覚える」、「まとめてたくさん覚える」、など様々な方法があります。
ある教室で自習室の机の上に生物の問題集を広げたまま、わざわざ机の下に単語集を隠しながら(?)覚えようとしている高校生女子を見ましたが、これは学校で他の科目の授業中に「内職」で覚えると集中できるという経験から生み出された作戦のようです。
実は英単語の学習については1990年代にいくつか研究が行われ、見ているだけとか、何度も書いて覚える、という方法で暗記しようとしている生徒よりも、関連語を調べている生徒のほうが英語の成績が高い(堀野・市川,1997)という研究結果もあります。但し、これはあくまでも統計的なデータによる結果で、英単語をひたすらノートに書いて書いて書きまくって、書いた上にもさらに書いてどのページも真っ黒になったノート(ご本人が「呪いのノート」と命名)を何冊も作ってしまうという反復を辛抱強く行って単語力を身に着け、難関大学に合格したという生徒も知っています。ちなみに彼女の右手小指の外側から掌の外縁は毎日真っ黒でしたので、学校でも時間があれば書きまくっていたようです。
教育学でこれらの光景をまとめると、次のようになります。まずは学習者がその分野をどのように学習するべきと考えているかをまとめた「学習観の分類」です。
■学習観の分類
入塾時の面接で「理科・社会は暗記物だから一人でできる」と選択していただけないことが多いのですが、その「覚えるだけで通用する」という学習観が邪魔をして、理科(化学の濃度や質量保存・物理)や社会(地理の時差・縮尺・公民のドント方式)で計算が出てきたとき、小5レベルの算数計算なのに正答率がいきなり下がるわけです。ちなみに今の高校地理の問題は資料の読み取りや分析力が必要なつくりになっており、暗記だけでは解けないようになっています。
次に学習方略についてまとめたものが「学習方略の分類」です。(Table1)
■学習方略の分類
子どもたちが試行錯誤しながら試しているのはこれらの方法で、これらの多くを適切に使いわけることができるようになることが学習することの目標だともいえるでしょう。
過程がすべてであるはずの数学でも、公式を暗記して、あてはめ方を覚えて乗り切るという方法が楽だという生徒がいます。中3数学に「2次方程式の解の公式」というのが出てきます。
■2次方程式の解の公式
この複雑な式を丸暗記して使えるようになるのは、実は数学が不得意な子どもの方が早かったりします。算数や数学で暗記をするのは邪道だと思われていますが、中学受験の世界ではスピードアップのために3・14×○を何種類か暗記することが推奨されますし、高校数学でも三角関数の加法定理を「咲いたコスモス、コスモス咲いた」とか語呂合わせで覚えてしまえばその意味が理解できていなくても三角比に関するほとんどの問題は解けるようになっています。
■加法定理の語呂合わせ例
ちょっと横道にそれますが、なんと20年前にこのような丸暗記学習に対する警告なのでしょうか、その公式の証明が東京大学の入試に出題されています。
高校数学で行列と一次変換を習った世代の方は簡単に証明できると思いますが、行列を使わずに証明するには中3の相似と高1の三角比を組み合わせて証明することになり多少コツが必要になります。(実はこの問題の答えは高2数学の教科書に載っています)
この警告はスマートフォンの使い方には結構自信がありますが、その仕組みはあまりわかっていない私にとっては耳の痛い話でもあります。
試験期間に入ると教室での自習は私語・教えあい禁止、食堂では教えあいや声を出しながら覚えるのはOK、職員室前の机は質問用、というふうに学習方略に応じた自習室が複数用意される高校もあるようですので、科目や気分によって使い分けるのも有効でしょう。
「勉強方法がわからない。」といった相談を生徒から寄せられることがありますが、実は誰にでも通用する正しい方法があるのではなく、さまざまな方法を試して、自分に向いた「学習方略」を見つけることが「正しい勉強法」といえるでしょう。
「学校の勉強って大人になってから役に立つの?」という素朴な子どもの疑問に対し、私は「勉強内容はあまり役に立たないけれど、やることで得られた勉強の仕方は役に立つよ。」と答えることにしています。
運動系の部活をしている生徒なら、例えばバスケットボールが大好きな子に対して、バスケットボールを通して得られたことを語ってもらいます。最初は筋力や瞬発力といった体力をあげますが、もっと踏み込んで聞いてみます。すると先輩やコーチから教わった練習方法・トレーニング方法が身についたという話が出てきます。加えて皆で協力することの大切さや後輩指導での苦労話、支えてくれた家族や周りの人に対する感謝の言葉が出てきます。
そこで、実は勉強も同じなのだよ、勉強内容よりそのための工夫の方が大切で、その工夫がうまくいった喜びはやった人にしかわからないのだよ。その工夫を仲間と共有して、みんなで賢い大人になろうね、という話をすると納得してくれる場合が多いものです。
先に例に出した「呪いのノート」の生徒も、今では社会人になっているはず。誰よりもたくさんメモをして、少しの空き時間でも利用し、こつこつと確実に物事を覚えていく優秀な社会人になっていることでしょう。
【参考文献】
・「新編修身教典尋常小学校用巻二」(訂正4版)1902
・綾部宏明田中博之活用学習における学習方略プログラムの開発研究早稲田大学大学院教職研究科紀要第8号2016
・広岡亮蔵「教育学著作集Ⅱ学習形態論」明治図書1968
・堀野緑市川伸一「高校生の英語学習における学習動機と学習方略」教育心理学研究,451997
・市川伸一学習動機の構造と学習観の関連第37回日本教育心理学会論文集,177.1995
・市川伸一南風原朝和杉澤武俊瀬尾美紀子清河幸子犬塚美輪篠ヶ谷圭太
数学の学力・学習力診断テストCOMPASSの開発認知科学,16(3),333-347.2009
・水越敏行教育方法学からの人間理解(前田嘉明編・著「心理学と人間理解」)ブレーン出版1988
・Webコンテンツ「受験のミカタ」https://juken-mikata.net/how-to/mathematics/kahouteiri.html
<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>
【フリステWalker 第129号(2019.7月)掲載】