2020/08/17
藤山正彦のぷち教育学【集団の教育力 Educational power by a group】
コロナ禍による休校期間を経て、学校が再開されることになったときの子どもたちの喜ぶ姿は、やはり学校というのは大事だなと感じさされた次第ですが、そもそも集団で学ぶのは何のためかというお話です。
さて、ここで、問題です。「子どもが集団になると何が起こるでしょうか・・・。」互いに助け合ったり刺激しあったりしながら共に成長する、というのはほぼフィクションの世界です。「けんか」「いじめ」「ボス退治」「仲間外し」など、実際はけっこうドロドロしています。特にいじめの問題については、深刻な事態に発展する事も少なくなく、今の子どもたちは「いじめ=悪い事」という自覚があるために、さらに巧妙なものとなっています。しかも今の子どもは物心がついたころからスマートフォンがある世代ですから、SNSを通じてのコミュニケーション能力も高く、周りにいる大人が気の付かないところで小社会を作り、その中で仲間外しや匿名での誹謗中傷といった攻撃がなされるなど、当事者以外には気が付きにくくなっています。ことばの暴力も含めて、被害を受ける側からすると、こういったものを根絶し、予防する事が正義となるわけですが、教育学(教育社会学)では、まずその背景や、集団の力にはどういう効能があるのか、という観点で見てみるわけです。
3~4歳(幼児)の集団では...
3~4歳の幼児が「ごっこ遊び」(自分や人を他の者に例える遊び)や「象徴遊び」(物を他の物の象徴として扱う遊び)を行うときを考えてみましょう。例えば大きな段ボール箱を見たらバスに見立てて運転ごっこをする子もいれば、犬小屋に見立てて犬ごっこをする子もいるわけですが、このような年齢の数人が同時に一つの段ボール箱を前にしたとき、自然状態のままだと共同で同じ遊びをすることは稀で、ついには段ボール箱の取り合いが始まってしまいます。
しかし、その中で「バスごっこ」をみんなでしてみようと大人が提案すると、その中で運転手役や乗客役が決まっていって、全体で一つの遊びになります。その中で実は犬小屋遊びの方が面白いだろうと箱をひっくり返す子がいたら、当然攻撃されることになるので、その場は我慢しようということも学びます。
小学生の集団になると...
小学生になりますと、こういった規則意識を無意識に受け入れる段階から、公平性や合理性を考えて受け入れる段階を経て、自律的かつ集団的に決定した規則に自主的に服従するようになっていきます。済みません、文章に漢字が多すぎたので、簡単に言い換えると、クラスで作ったルール(お掃除当番とか)にはみんなで従おうということになり、従わないと攻撃される(さぼったら先生に言いつけられる等)という懲罰がついてくるのが当たり前、となるわけです。さらに発達すると、子ども集団による懲罰は、寛容からくる援助や提案(彼は今日の体育の授業で足首をねん挫したみたいだから無理しなくても良いんじゃない?)もしくは言葉での提案(ちょっとぉ、昨日は私一人で廊下掃除したんだよ。来週は代わりに一人でしてね。)といった形をとるようになっていきます。
このように、子どもたちは学校生活だけでなく遊びも含めて、集団生活の中から自治的活動を発展させ、大人から与えられた規則を自分のものにつくりかえ、その過程で民主的な討議や話し合いの仕方や民主的組織化の方法や自主管理など個人の能力も教育されていくというわけです。こういう能力は授業や書物から手に入れることは困難ですので、集団から個人が学ぶ、つまり「集団による教育力」によるものだという事になります。(このようにどこにも明文化されていないカリキュラムを「隠れたカリキュラム」(The Hidden Curriculum)と呼んだりもします。
地域のクラブチームやボーイスカウトなどの任意団体、学校の委員会活動やクラブ活動も単にそのスポーツ能力や技術を体得する事以上に得るものがあり、同じような教育効果が期待できます。以前、とある教室で厚さ2センチ以上の分厚いファイルの忘れ物があり、何気なくその中をみて私は驚きました。そのファイルはある高校の音楽系のクラブの幹部に代々引き継がれているマニュアルのようなものなのですが、年間の行事や部室の設備、備品の一覧はもとより、それの一つ一つに関する詳しい説明が書かれていました。備品の取り扱いについての注意事項やイベントごとの楽器配置や人の配置、そのための準備などが、手書きイラストや文字、パソコンで打ち込んだ文章や表などできめ細かく書き込まれて、その完成度はとても高いものでした。後日持ち主に聞いてみると、それは代々書き換えられ、書き加えられて、ついに分厚いマニュアルになっていったものだそうです。こういうマニュアルを引き継いで、実際に1年間使った高校生は、集団を安定的に組織するためには文書が必要だ、という事も学んだことでしょうし、将来就職した後で出会うであろうこのようなマニュアルを使うだけでなく、批判的に読むことによってさらにそれを更新するという能力も身に付けた事でしょう。
ところで、ウチの子はクラブにも入らず、ゲームばかりしていて社会性が身につくのかどうか心配だというご家庭もあるかと思いますが、今のゲームの多くはオンラインゲームであり、その中で「集団」ができています。人から技を学ぶ、自分の技を自慢するといった相互作用が行われています。今ではゲームを公開で競う「e-sports」という分野も一般的になってきましたので、むしろスポーツの一種と考えても良いでしょう。
2016年にオーストラリアの研究チームが1万2千人の15歳に行ったアンケート調査によると、ほぼ毎日オンラインゲームを行う子どもは、数学が平均よりも15ポイント、理科は17ポイントも高くなった、という論文も存在します。因みに毎日SNSのチャットばかりしている生徒は逆に20ポイントほど平均より低いのだそうです。つまり人とコミュニケーションを取っているだけではなく、互いに「切磋琢磨」することが脳の成長には良いようです。
【参考文献】
文部科学省 ウェブサイト (http://www.mext.go.jp/)
文部科学省「平成18年度 教育指標の国際比較」 文部科学省 2006
OECD 「OECD Indicators 2012」 OECD 2012
ピアジェ 児童道徳判断の発達 大伴茂 訳 同文書院 1954
竹内常一 遊び集団に教育力はあるか 「新版 教育学を学ぶ」 有斐閣 1977
全国生活指導研究協議会編 いじめ問題にどう取り組むか 明治書院 1986
Alberto Posso Internet Usage and Educational Outcomes Among 15-Year-Old Australian Students International Jouranal of Communication 10(2016)
<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>