2020/10/12

藤山正彦のぷち教育学 【学習と記憶② Learning and memorization②】

さて、先月に続いて記憶についてのお話です。
今回は「記憶する方法」と、それに加えて同じくらい大切な、「記憶を取り出す方法」についての研究を紹介します。

記憶をする方法

まず、「記憶する方法」についてです。勉強に関係があるのが「長期記憶」だというのは先月書かせていただきましたが、多くの情報を「短期記憶」から「長期記憶」に変えるのが得意な人は勉強ができる人、という事になりそうです。もちろん、その部分の研究も行われてきました。
クレイクとワトキンス(Craik & Watkins)は1973年に次のような実験結果を発表しています。
被験者に1ブロック12語からなる単語リストの提示と、その再生テストを繰り返して行いました。テストは提示直後と20秒後、そして最後のまとめテストと合計3回行います。各ブロック最後の4つだけ何度も繰り返して覚えるように指示したところ、直後のテストでも20秒後のテストでも最後の4つだけは90%前後の正答率であったとのことです。ところが、すべてのリストのテストを終えた後で、全リストのまとめテストを行ったところ、せっかく90%近く覚えていたはずのものも含めて、20%ほどに下がっていた、というものです。この実験から明らかになったことは、数回多く復習したものも長期記憶には入っていない、つまり、復習の回数と記憶は因果関係が無い、という事です。反復こそが習得の近道だと信じて、点数が悪かった生徒に「答えを20回ずつ写してきなさい」といった作業を課す先生が多かった当時、この結果は驚きをもって受け取られました。
しかし、1975年、アメリカの心理学者であるビョークとジョングウォード(Bjork & Jongeward)は、記憶の定着にはやはり反復が重要であるが、連想的リハーサルが効果的であると発表しました。これを受けて日本大学の清水寛之博士は1986年に、テストが終わった後で、どのような方法でリハーサル(復習)をしたかを尋ね、暗記するべき単語のイメージを膨らませながら復習する方法を使っている被験者は一番記憶が定着していることを明らかにしました。

ここまで読んでいただいて、なぜこんなに大切な事が1986年までわからなかったのだろう、という疑問が生まれた方もいらっしゃると思います。実は人の記憶力を調べるのに無意味な文字や数字の羅列を覚えるといった実験は古くから行われていたのですが、実際の日常的な記憶と結果がかけ離れる上に、倫理的な問題(無意味なものを覚え続ける動物実験的な課題を子どもに課すわけにはいけない)などの制約があり、一時期研究は下火になっていたのでした。

ここまでの話をまとめますと、
見ただけでは覚えられない。短期記憶を長期記憶に変えるために、もう一度意識する必要がある。

しかし、繰り返しの回数を重ねるだけでは、知識が定着するとは限らない。

意味やイメージ、他のものとの関連付けで覚えたことは定着が良い。

記憶を取り戻す方法

しかし、ばっちり勉強をしたのにテストでは点数が取れない、肝心な時に思い出せないといったお悩みをお持ちの方も多い事でしょう。そこで、次は「記憶を取り出す方法」についての研究を紹介します。
まず、「忘却」というのはどのような状態なのでしょうか。
いきなり難しい表現になりますが、古典的には「条件付けの原理で形成された連合が消去される事」を忘却といいます。動物実験で例えますと、「ボタンを押したら餌が出てくることを覚えた動物に、しばらくボタンと関係なく餌を与え続けると、ボタンを押すことを忘れてしまう」、という現象を、「ボタンを押せば餌がもらえる」という「連合」を「忘れてしまう」つまり「消去される」と表現しているわけです。


では、なぜ忘却が起こってしまうかという事ですが、忘却の原因について現在知られている一般的な説を挙げておきます。

・記憶痕跡の減衰説(自然崩壊説)
記憶は時間とともに薄れていくという考え方です。久しぶりに押入れの中を引っ張り出してみると、買った記憶の無い新しいシャツが出てきてびっくりした・・・。久しぶりに小説を買って帰ったら、家に同じ本があった・・・。私、大丈夫でしょうか。

・記憶の干渉説
他の記憶によって干渉を受けるため、忘却するという考え方です。保護者の皆さんの中にはポケットベル世代の方もいらっしゃると思いますが、50音や記号をすべて2桁の数字に変換し公衆電話から高速で打ち込むという技術、もっと便利な通信技術ができた今では忘れてしまっていると思います。このように後で覚えたことの方が鮮明で、昔覚えたことの方があいまいになるのはご理解いただけると思いますが、逆に携帯電話の機種変更をした時、前の機種で覚えていた操作によって新たな機種を使いこなすのに余計に時間がかかるとか、バレーボールが得意な人がテニスをすると、思わずラケットの面より手元でボールを受けてしまうなど、以前覚えたことが新たな学習の邪魔になる場合も記憶が記憶の干渉を行っている例です。

・検索失敗説
記憶の痕跡がなくなったのではなく、適切な手がかりが使われていないために思い出せないという説です。昔の友人や芸能人の名前がふと出てこない「ど忘れ」状態から、既知の知識と異なった聞き方をされると再現できないものも含まれます。突然ですが、問題です。【第一問】リンゴの生産量が全国一位の都道府県は?【答え】青森県。この問題は何らかの機会に覚えたとおりに出題されたので答えられた方は多かったと思います。では【第二問】一人あたりのソース消費量が全国一位の都道府県は?こんなテスト学校では出ないと思いますが、【答え】広島県です。広島といえばお好み焼きが有名ですね。何と広島では一人当たり年間2.8リットルものソースを消費しているそうです。もしテストでこんな問題が出たら、「お好み焼き」と聞いてくれれば答えられたのに・・・と思う事でしょう。【第三問】ある地域に定住している人口のことを〇〇人口と呼ぶ。〇〇とは?・・・【答え】「夜間」人口。これも逆に聞かれれば答えることができそうですが、こちらから聞かれると、知らない、と思い込んでしまいそうです。せっかく試験の為に勉強したのに、先生の出題方法が合っていなかったから問題に答えられなかったという子どもはこの状態に入っているのかも知れません。

・精神病理学的忘却(心因性健忘)
ある心的事象(外傷体験等)が自我を維持できなくなるほど苦痛をもたらすものであるような場合に、その心的事象が自我のコントロールから分離してしまうことです。災害など大きなショックを受けた後に、どうしてもその前後が思い出せない状態になる場合がこれに当たりますが、普通の生活ではあまり見かけないケースです。

しかし、いずれも本当に記憶は「完全に消去」されたのでしょうか。実は長期記憶は一生消去されないというのが、今日の考えかたの主流となっています。
久しぶりのクラス会に参加して、みんなで昔話をしていたら、忘れていたはずの事件を思い出した、などという事はありますね。つまり、人には再生できなくても忘却したわけではない情報があるわけです。このように何かのきっかけや、ヒントで思い出す記憶を、「潜在記憶」と呼びます。潜在記憶まで呼び出すことができると、実は本人が意識しているよりも多くの記憶を活用することができるのではないかとの考えから、多くの実験が行われています。まず、学習した時とテストをする時とで周囲の環境を変えるとテスト結果にどのような影響が出るか、という実験ですが、結果から言いますと、最初に学習した環境と同じ環境でテストを受けると正答率がなんと4割ほど上がるというものです。スキューバ・ダイビングスクールの生徒を使って、水中と陸上で学習環境とテスト環境を変えるという実験をした人もいますが、これでも同じように学習とテストを同じ環境で行うと3割以上プラスの結果が出ました。さらにBGMによって楽しい気分や悲しい気分に誘導された人の再生実験をした人もおり、これまた悲しいBGMの中で勉強した人は、同じく悲しいBGMを聞きながらテストを受けると良い点数が取れるというものです。この結果からですと、楽しくなる音楽を聴きながら勉強しても、テスト中に楽しくなる音楽が聞けなかったら良い点数が取れないことになりますので、「ながら勉強」は止めましょう。
先日、暗記科目に自信がないという高校生数人に「ユニバーサル・スタジオ・ジャパンに行ったことのある人は?」と聞いたところ、1年以上前ではあるが、ほぼ全員行ったことがあるとの事でした。そこで「自分が入ったスタジオやアトラクションはいくつ覚えている?」と聞くと、皆5つ以上すらすらと答えてくれました。どうやら楽しかった記憶は時間が経っても忘れないようです。このように勉強を好きになる事が、勉強に関する記憶力や再生能力をアップさせる秘訣でもあるようです。

【参考文献】

Bjork & Jongeward,et al. "The relative roles of input and output mechanisms in directed forgetting" Memory and Cognition 1975 Vol.3(1) 51-57
漁田武雄 漁田俊子「口頭リハーサルにおける反復が自由再生に及ぼす効果」心理学研究 第65巻 第4号 1994 pp. 278-285
清水寛之 「質問紙によるリハーサル方略の分析の試み」心理学研究 第56巻 第6号 1986 pp.361-364
森敏昭  第一章 「記憶の仕組み」 グラフィック認知心理学 サイエンス社1995

<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>