2025/12/01

藤山正彦のぷち教育学【テスト不安 test anxiety】

 準備したはずなのに、テストでは力を出し切れない。授業ではできたのに、いつもとは違う間違い方をして、大きく点数を落としてしまう。このような生徒は、実は思いのほか多いのですが、教育学ではこの現象やそれに至る周辺状況を含めて「テスト不安」と称して研究されてきました。
 心理学の分野では「不安」に関する研究が1950年代から進められてきましたが、教育におけるテストという場面に限定した研究が始まったのは1960年代からとなります。それ以前は、テストで力が出し切れない=精神力不足、などといった片づけられ方をされていたことになります。

 ここで、その研究成果として生まれたいくつかの学説を紹介します。まずは当初は「妨害説」という、精神的なストレスと生理的な自律神経系の反応(緊張の一種)が組み合わさってテストの遂行を「妨害する」という考え方です。確かに現代では「ナルコレプシー」と呼ばれる、注意が必要な場面でも突然睡眠に移行する疾患が知られていますが、発症率は日本人で600人に1名(0.16%)と希で、テスト不安の説明としては不十分だとされました。
 次に不安を感じると、テストと無関係なことに関心を向けてしまう「注意説」という説です。自己批判(私はダメだ)や自己耽溺(私は素晴らしい)の意識が強いほどその影響を受けやすいともいわれています。失敗してはいけないと思うあまり、テストの課題に集中できない、いわゆる気が散るという状態です。試験中に、周りの人の咳払いや貧乏ゆすりが気になる、時計の秒針の音が耳についてしまうなど過度にテスト以外のものに敏感になった経験をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 「認知説」という考え方もあります。これはこのテストでの失敗を意識しすぎることで、過去の失敗を意識し、自分はテスト本番には弱い人間だという暗示がかかってしまうという説です。
 「スキル説」というのは、テストを受験する前から既に不安が始まっており、テスト準備に関わるスキルに影響を与えている、という考え方です。確かに試験期間中に部屋の片づけを始めてしまう、片付けの途中で手に取ったマンガを読みふけってしまう・・・。お子さんがそんな状態になっていたら、それは呑気なのではなく、大きすぎる不安から逃れようとしている状態である可能性が高いです。

 さて、これらのテスト不安を取り除くにはどうするかといえば、まずどのタイプのテスト不安なのかを知ることが大切です。例えば「認知説」の傾向が強いのであれば、ご家庭でテストでの失敗を強く指摘するのをやめ、その原因を理性的に自覚させる時間を作ることが良いと思いますし、「スキル説」の場合はより早い段階から計画を立てて、それを実行することと、逃避行動は緊張からくるものだと自覚することで、短い休憩で気持ちを入れ替えるなどの工夫が考えられます。
 しかし、テスト不安を取り除く最も効果的な方法は、「自信がつくまで練習する」ということだと思います。定期テストなど出題範囲が限られているテストに対しては、同レベルの問題を、時間を区切って解くという練習が効果的でしょう。模擬テストや入試に向けては、試験会場に似た環境で、試験時間と同じ時間を使っての過去問演習が有効だと考えられます。

 ご家庭での対応についてですが、例えばテスト後に、「このミスで20点も失ってもったいない」と指摘するのではなく、「このミスが無ければ80点取れていたはずなので、本当はそれだけの実力がついていたということね。」とプラス評価してあげると、テスト嫌い、テスト不安が軽減されていくと思います。
 世界的なアーティストやアスリートは、大舞台で実力を出し切れるわけですが、それぞれの方法でその「テスト不安」を克服している人たちだともいえます。

 その昔、宮本文昭氏という世界的オーボエ(という木管楽器)奏者から聞いた話ですが、彼は譜面台の左にマッチ棒を10本置いておき、難しいパッセージを練習するとき、1回成功するたびにマッチ棒を1本ずつ右側に移動させるそうです。で8回目に失敗すれば、それまでに移動させたすべてのマッチ棒を左に戻す、という練習法を続けていたそうです。つまり10回連続で成功しなければ、成功したことにならないというマイルールを作り、練習を行っているというお話でした。これと同じようにテストに強い子どもは、テストに強くなる工夫をしている場合もありますので、テストに強いお友だちやご兄弟、塾の先生などにその工夫について聞いてみると、大きなヒントになるかもしれません。

 

参考文献
『達成動機の理論と展開』宮本美佐子・那須正裕(編) 金子書房 1995
『認知の構図』ナイサー・古崎敬・村瀬妥 (訳) サイエンス社 1978
『教育工学事典』日本教育工学会編 実教出版 2000

 

<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>