2020/07/03

藤山正彦のぷち教育学【教授方略】

こんにちは。藤山です。教育に関するお話をしていきます。
今回は、教授方略についてお送りします。

昨年の7月号で「学習方略」について書きました。こちらは学習する側の「作戦」についてでしたが、今回は教える側の「作戦」についてです。厳密に定義すると「教授目標」を達成するために、どのような「学習環境」を整え、どのような「働きかけ」をするかについての構成要素と手順の計画(・・・学問で使われる言葉というのは難しいですねぇ)なのですが、簡単に言い換えると「○○といった課題を○○のような学習者に教えるための作戦」を教授方略と言います。つまり「先生の作戦」です。授業の技術だけでなく、教材や教具、学校そのものまで含む概念です。例えば自動車学校では法令や構造を学ぶための座学を行うための教室と、実技を学ぶための教習路、教習車を使い、年齢や運動神経、理解力の異なる学習者に対し、法を守って安全に運転する技術を教える必要があります。一方的な講義や無秩序な練習だけでは消化できないばかりか、練習とはいえそのまま路上に出てこられると危険でもありますので、段階に応じたカリキュラムと、その段階ごとのチェック(見極め)が必要となっているわけです。

このような方略を一般化しようという動きもあり、各国でさまざまな考え方が生み出されました。教育学の世界では有名な「教授設計理論の父」と呼ばれるロバート・M・ガニエ(Robert M. Gagnéアメリカの教育学者)がまとめた「9教授事象」を例として挙げておきます。

<9教授事象>

①学習者の注意を獲得する

②授業の目標を知らせる

③前提条件を思い出させる

④新しい事項を提示する

⑤学習の指針を与える

⑥練習の機会をつくる

⑦フィードバックを与える

⑧学習の成果を保持する

⑨保持と転移を高める

まず、「そろそろ始めるよ。」と声をかけ、「今日は○○ができるようにしようか?」と語りかけ、「前にやった○の内容覚えているかな?」と確認し、「今度のこれは、ここが変わっているのだよ。」、「これはこういう風にすると、楽に解けるよ。」、「じゃあ、先生と同じように解いてみよう」という風に語りかけていけば①~⑥まで順に進めたことになります。あとは、その答え合わせと、最後の確認、「こういう問題にも使えるのだよ。」と他にも応用できることを伝えれば、9事象を守ったことになります。とはいえ、同じようなパターンの授業が毎回進められると、生徒としては退屈になりますので、多少は順序を入れ替えたり、省いたりする変化をつけていくことになります。

学習成果別に変化する教授方略

❶知的技能(手続き的知識)の教授方略

知的技能とは分類方法や計算方法などの約束事を学び、それを未知の例に適用する力です。例えば、中1数学を例にとると

3×(-5=-15

(数字は掛け算しておいて、符号はプラス×マイナスはマイナスになる事)を授業で教え、

次に7.5×(-6.3)を解く

というイメージです。

古文の品詞分解や現代文の論説文の段落構成の解析なども、この知的技能に含まれますので、まずは先生が生徒の前で実演するという場面が多いでしょう。

その後単純で基本的なものから、複雑で例外的なことへと段階的に進めていくことになります。

❷言語情報(宣言的知識)の教授方略

言語情報とは一度接した名前や記号、史実などのデータの事です。社会で出てくる地名や歴史上の人物名、国語では漢字の書き取りなどがこれに含まれます。

この場合は必要な情報をすべて取り上げることが必要ですが、それらの関連や属性による整理、類似点や相違点を強調するなどの工夫も必要になります。出版されている英単語集には、頻出順や意味的に似ているものをまとめる、反対語を対にして表記している、同じ分野の単語をまとめている、中には辞書としても使えるようにアルファベット順に記載など様々な編集方針がありますが、これだけ様々な英単語集が販売され続けているということは、どれが優れている、劣っているというわけではなく、人(若しくは学校の英語の先生?)による好みや向き不向きがあるということを証明しています。

❸認知的方略(学習スキル)の教授方略

認知方略とは「学び方」の事です。つまり、学習するためのコツをおしえるという話です。手早く辞書を引く方法や、数学の文章題を一度模式図に表現してからの立式、大きいところでは図書館の使い方や情報リテラシーもこれに含まれます。この場合は、答えを教えるのではなく、実際に何かを学習している間に身についていくものですが、何が効果的で何が失敗だったのかを時折点検させて、学び方を工夫する態度を育てることが大切です。

❹態度の教授方略

物事に対する「態度」も教える対象です。例えば理由もなく、いきなりゴミ拾いを言いつけられて、嬉々として取り組むことはあまり無いと思いますが、その理由(今日は大切なお客さんが来るとか、ごみがあるとみんな不愉快であるなど)が説明されると、積極的に取り組めるかもしれません。態度は直接変化させるのは難しく、(「もっと嬉しそうにごみを拾え」と叱ることはナンセンスです)変化させるにはその理由や効果を説明したほうが有効な場合もあります。また映像による疑似体験なども態度を教える方法の一つです。因みにこの方略は「態度を使った教授」つまり教師が態度で示す、という意味ではありません。

❺運動技能の教授方略

これはできないことをできるようにする(教える)わけですから、結構レベルの高いことかもしれません。複雑な動きは分解して教えることになりますが、体育の先生は体育が得意なわけですから、鉄棒の逆上がりができない子どもに逆上がりを教えるのも独特なノウハウと忍耐が必要だと思います。泳げない子どもに泳ぎを教える場合は、顔を水につけることを繰り返して水に対する恐怖心を取り除くようなメンタルトレーニングや、水をかいて進んでいる姿を想像するなどのイメージトレーニングも取り入れられています。また筋力を高めるためのトレーニング器具の導入も一つの方略です。学校教育の場に限らず、運動技能というのは、できる・できないが「見える化」してしまう分野ですので、不得意意識が大きくならないように段階を細分化するなど独特な方略が必要になります

日本で提唱されたものも一つ紹介しておくと、向山洋一の「教育技術法則化運動」というのもあります。それぞれの教科の教え方にはもっとも効果的な「法則」があり、それに従っていけばいい授業を展開することができるという考え方です。このように授業をマニュアル化していくことには批判的な見方もあり、一般的とは言えないかもしれませんが、このように少しでも今までより良い教え方は無いか、と様々な人によってこの方略は日々開発され続けているのです。

【参考文献】

・河合章ほか 編 日本現代教育史 新日本出版 1984

・加藤幸次・佐久間茂和 個性を生かす学習環境づくり ぎょうせい 1992

・日本教育工学会編 「教育工学事典」 実教出版 2000

・三ツ石行宏 「新教育運動にみる福祉教育の源流」『社会問題研究』60 pp.129-139 2011

・向山洋一 跳び箱は誰でも跳ばせられる 明治書院 1982

<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>

【フリステWalker 第138号(2020.4月)掲載】