2022/12/12

藤山正彦のぷち教育学【成長と脳② Relations of growth and the brain②】

先月に引き続き、さらに脳科学を大きく発達させる新たな測定方法を紹介します。それは脳のどこが働いているのかを頭皮の外から測定する技術です。

▶先月の記事はこちらから 藤山正彦のぷち教育学【成長と脳① Relations of growth and the brain①】

その装置は「近赤外光脳計測装置」というのが正式名称ですが、「光トポグラフィ」という日立製作所の装置が一般名詞として使われることが多いです。頭皮の外から赤色レーザー光線を当て、頭がい骨の下の血管の血液の色を反射させて測定します。221212脳1.jpg実は、頭がい骨は白くて薄いので、光を当てると透き通るのです。しかも、脳の血管は主に脳の表面、すなわち頭がい骨のすぐ内側を通っているので、外から血流がわかります。

血液は酸素を多く含んでいる場合(動脈血といいます)は鮮やかな赤、あまり含んでいない場合(静脈血といいます)はどす黒く、色が異なりますので、反射光のスペクトルでどちらの血液かもわかります。このセンサーを複数つけたヘルメットのようなものをかぶると、221212脳2.jpg脳のどの部分で酸素が多く消費されたか、つまり脳のどこが活動したかがリアルタイムにわかります。

昭和大学医学部 精神医学講座 http://www.showapsy.com/activity/activity04/より引用

この装置が実用化されたのは20年ほど前ですが、2000年頃、日本に(いや世界に)数台しかないこの機械が、なぜか半年間大阪大学人間科学部に貸し出され、幸せなことに私たちは自由に使うことができました。

私は、大学生や大学院生数名、数学が不得意な人と、普通の人、得意な人にそれぞれ中学2年レベルの数学の問題(方程式の文章題)を解いてもらい、その最中の脳の血流をリアルタイムで測定するという実験を行いました。    

まず、普通の人を測定しました。おそらく昔の記憶をたどりながら、(記憶をつかさどる部分を使いながら)道筋が見つかったら一気に前頭葉(思考をつかさどる部分)の血流が増える、という結果でした。「ひらめく」という状態が客観的に計測できるという面白い結果になりました。次に、数学が不得意な人を測定してみました。問題を見せても最後まで血流が上がらず、(つまり考えるふりをしているが脳は作動しないまま)時間が終わりました。図を描いたりして手は動いているのですが、思考活動が行われていないことが測定できました。この様子を見ていた教授は、大学の講義を聞いている大学生をこれで測定すれば、テストをしなくてよさそうだ、と失礼なことを言っています。

最後に、京大理学部数学科卒の、おそらく日本でトップレベルに数学が得意な友人を測定してみました。彼は数学の問題を見た0.2秒後、つまりそれが数学の問題だと気が付いた瞬間に脳の血流が最大値に跳ね上がりました。それも他の人と違って運動の部位も含めて脳全体の血流が波打つように最大値に達しました。もちろんすぐに解き終わりました。

ここで私が得た結論は一言でいうと「解けないと思ったら、解けない。解けると思ったら、解ける」という精神論です......。

今ではさらに装置が進化し、画像処理によって脳の活動領域が色で表示されるようになってきました。日立製作所のホームページには、新生児が言葉を聞いたときに脳のどこが活動しているのかがカラーで表示された計測結果が紹介されています。221212脳3.jpg

この計測方法は病気の診断にも利用され始めました。2014年には、抑うつ症状の鑑別診断に使われるなど先端医療の分野にも導入されました。このように、最先端のまだまだ新しい技術ですし、今はまだとても高価な(定価で1台7,800万円も!)機械ですので、教育学に結びつくような研究は進んでいませんが、近いうちに量産によって教育の分野でも購入できるような価格になれば、効率的な脳の使い方、鍛え方と結びつくような教授方法や教材が開発されるなど、この二つの分野が結びつくような研究に進化していくことでしょう。

参考文献 

尾木恵市 ヒトはいかにして生まれたか (ゲノムから進化を考える5) 岩波書店 1998

昭和大学医学部 精神医学講座 http://www.showapsy.com/activity/activity04/

立花隆 東大講義① 脳を鍛える 新潮社2000

光トポグラフィ装置「ETG-4000/7100」-技術解説 - 株式会社日立メディコ - inNavi Suite (innervision.co.jp)日立メディコ ホームページ https://www.innervision.co.jp/suite/hitachi/technote/110158/index.html

<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>