2024/09/02

藤山正彦のぷち教育学【学習意欲と学力 Learning motivation and achievement】

 平成27年、学校教育法第30条が改正され、学力の3要素が定義されました。

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30条  小学校における教育は、前条に規定する目的を実現するために必要な程度において第21条各号に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。

2  前項の場合において、生涯にわたり学習する基盤が培われるよう、基礎的な知識及び技能を習得させるとともに、これらを活用して課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力その他の能力をはぐくみ、主体的に学習に取り組む態度を養うことに、特に意を用いなければならない。

※  第30条第2項は、中学校及び高等学校に準用

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 つまり、「主体的に学習に取り組む態度」、簡単に言い換えますと「学習意欲」を高める工夫が必要だという事になります。その方法として、以前この欄でも取り上げました「アクティブ・ラーニング」も含まれるわけですが、それがどのようなメカニズムで「学習意欲」につながるのか、関連する知見を二つ紹介します。

①ピグマリオン効果 Pygmalion effect

 「ピグマリオン」とはギリシャ神話に出てくるキプロスの王の名前です。ひとまずそのお話を紹介しますと・・・現実の女性に失望していたピグマリオンは、あるとき自ら理想の女性・ガラテアを彫刻しました。その像を見ているうちにガラテアが服を着ていないことを恥ずかしいと思い始め、服を彫り入れます。そのうち彼は自らの彫刻に恋をするようになり、さらに彼は食事を用意したり話しかけたりするようになり、それが人間になることを願いました。ついにはその彫像から離れないようになり次第に衰弱していく姿を見かねた女神アプロディーテがその願いを容れて彫像に生命を与え、ピグマリオンはそれを妻として迎えました。めでたし、めでたし(?)。

 それはさておき教育学でいう、ピグマリオン効果とは、教師が「この生徒は出来るようになるはずだ。」と思って指導すると、本当にできるようになる、という効果の事です。「期待効果」ともいいます。実際に50年程前にアメリカ合衆国の教育心理学者ロバート・ローゼンタールによって行われた実験と、その結果は以下の通りです。

 サンフランシスコの小学校で、ハーバード式突発性学習能力予測テストと名づけた普通の知能テストを行ない、学級担任には、今後数ヶ月の間に成績が伸びてくる学習者を割り出すための検査であると説明しました。しかし、実際のところ検査には何の意味もなく、実験施行者は、検査の結果と関係なく無作為に選ばれた児童の名簿を学級担任に見せて、この名簿に記載されている児童が、今後数ヶ月の間に成績が伸びる子ども達だと伝えました。その後、学級担任は、子ども達の成績が向上するという期待を込めて、その子ども達を指導したところ、8か月後には10%以上成績が向上したそうです。

 サンプルを取り出す手法や、再現性(同じような実験をして同じ効果を確認できること。)に問題があるとの事や、人で実験する事の問題(子どもを長期間にわたって実験的に勉強できるようにしたり、できないようにしたりする事は許されません)で、この実験自体を支持しない学者もいますが、教師が期待を込めた生徒に対する扱いや質問内容など応対が変化する事は確認されています。

 育児法の本で「ほめて育てる」事を勧めているものを良く見ますが、その極意は「ほめる」行為や言動ではなくて「期待する」事にあるのでは、と思います。期待することで、子どもの扱いが変わり、場合によっては「叱る」事も含めて期待が子どもに伝わる事が大切だと私は考えます。

②ホーソン効果 Hawthorne effect

 「ピグマリオン効果」とは周囲から期待されることで伸びる、といった効果でしたが、これと似ていますが「ホーソン効果」とは自分自身が期待することが成績の向上にいい効果をもたらす、といった効果の事です。

 実はこの効果は偶然発見されたものです。1924年アメリカのシカゴ近郊にあるウエスタン・エレクトリック社のホーソン工場で生産性向上のための実験が行われました。この工場は真空管やリレーといった電気部品の組み立てをしている工場ですが、作業の主力となっていたのは20歳前後の女性たちでした。工場全体で実験をするのは費用も大きくかかわってくるので、そのうち一部の生産部門の作業場所で、照明を明るくしたり、作業台の高さを変えたりといった物理的な改善をして、どの程度生産性が向上するのかを測定しました。確かに実験は成功し、生産性は仮説通りに上がったのですが、それらの改善した条件を元に戻した時、不思議なことに生産性が下がらなかったのです。

 この謎が解決されぬまま、また別の一部の集団にだけ、労働時間や賃金の支払い方法、休憩時間の取り方、女性向けならではの間食(おやつ)の支給などを行い、生産性との関連を調べました。これまた期待通り条件の改善に合わせて生産性は向上しましたが、同じように条件を元に戻しても生産性はほとんど低下しませんでした。

 そこで、これらの謎を解決するため、この実験対象となった女性たちに面談をしたところ、彼女たちは「自分たちは選ばれたのだ」という意識を共有し、それによって自分自身の要求水準を高めていた、という事がわかりました。「自分たちは特別扱いしてもらった」→「私たちは出来る社員と認められた」→「さらにがんばろう」と思っていたというわけです。つまり、そういう意識の向上の方が、改善された条件よりも有効だという事になるわけです。

 このことから、労働者の労働意欲や生産性は、労働環境や賃金などの労働条件だけで決まるものではなく、人間関係や社会的評価の影響も大きいことが明るみになり、産業社会学という学問が誕生する契機ともなりました。

 研究指定校やモデル校で実験的に行われた新しい取り組みや指導方法が良い効果を生むと紹介されても、他の学校に応用すると今一つ効果がはっきりしないということは良くあることです。パソコンが高価で一般に手に入れるのが難しかった頃に、パソコンを利用した学習や授業を導入した学校では革命的に学習効果が上がったものですが、これも生徒自身が、「選ばれた自分たちだけパソコンを使わせてくれた!」という効果が大きかったようです。つまりパソコンが珍しくなくなった今日では、パソコンやタブレット端末を使った学習で、あまり効果が出なかったという実験結果も珍しくありません。

 令和5年度(2023年度)の司法試験最終合格者数の大学別ランキングは、1位 東京大学(130人)2位 慶應義塾大学(56人)3位 京都大学(41人)4位 早稲田大学(38人)5位 中央大学(32人)と並びますが、大学入学前から法律の勉強をしている学生は少ないと思うので、これもたとえば「自分は東大に受かった人間だから、司法試験も受かるはずだ。」という自己暗示でくじけずに頑張れた人も多かった、とも考えられます。

 さて、アクティブ・ラーニングは、自分で主体的に考えてその成果を発表するというプロセスを含むものが多いのですが、その過程で、「その考えはいいね」「そこまで調べるとはすごいね」といった賞賛を浴びたり、「こんなに大量のレポートにまとめるなんて、私、頑張った」という満足感を感じたりすることも多いと思います。これらの経験によって得られた自信が、次の「学習意欲」に結びつくと考えられます。

 


参考文献
岩源信九郎 教育と心理のための推計学 日本文化科学社 1995
J.ピアジェ・B.イネルデ 波多野完治・須賀哲夫・周郷博(訳)新しい児童心理学 白水社 クセジュ文庫 1969
pupils' intellectual development.New York:Holt,Rinehart&Winston,1968宮本美佐子・日本教育工学会編 『教育工学事典』 実教出版2000
日本教育工学会編 教育経営研究の軌跡と展望 ぎょうせい 1986
R.S.シーグラー 無藤隆・日笠摩子(訳)子ども思考 誠信書房 1992
Rosenthal,R.&Jasobson,L.,Pygmalion in the classroom:Teacher expectation and那須正裕(編)『達成動機の理論と展開』 金子書房 1995
ウィキペディア「ピュグマリオーン」の項

 

<文/開成教育グループ 入試情報室 藤山正彦>